青二才、十三人目「リアーナとかマイリー・サイラスからラブコールがきても、平常心」

【連載】日本のゆとりが訊く。世界の新生態系ミレニアルズは「青二才」のあれこれ。青二才シリーズ、十三人目。
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「最近の若いのは…」これ、いわれ続けて数千年。歴史をたどれば古代エジプトにまで遡るらしい。みんな、元「最近の若者は……」だったわけで。誰もが一度は通る、青二才。

ゆとり世代ど真ん中でスクスク育った日本産の青二才が、夏の冷やし中華はじめましたくらいの感じではじめます。お悩み、失敗談、お仕事の話から恋愛事情まで、プライベートに突っ込んで世界各地の青二才たちにいろいろ訊くシリーズ。

青二才、十三人目「リアーナとマイリー・サイラスからラブコールがきても、平常心」

はい、春の青二才三連発、最後の一人であり青二才、十三人目…もすごいぞ。今回は、シリーズ初の日本生まれのゆとり世代同士のインタビューが実現しました。実現したのは数ヶ月前なんですよね、やっと記事が出るようでうれしい。遅くなってごめんなさい。

登場してくれるのは、ジュエリーデザイナーのKOTA OKUDA(奥田浩太)、27歳。昨年9月、パーソンズ卒業コレクションで発表した、お金が歩いてるかのようにも見える「マネークリップと数枚の1ドル札でできたドレス」や「1ペニーブラ」など、あたかもフォトショップ画像かと思わせる大胆過激なイメージはオンラインに上がるや否や話題になりました。ラッパーのカーディ・Bや、ニッキー・ミナージュからのラブコールがあれば、今度はリアーナとマイリー・サイラスからも連絡が。リアーナにいたってはインスタグラムのDMで「超ファン! お前の作品と死にたい!」と熱烈ラブコール(だけど奥田くん、最初は@badgalririが誰だかわからなかったそうです)。と、まあ、バズりにバズった。ただ、これが実はサイドワークみたいなもので、本職はジュエリーデザイナーなんです。自身のジュエリーブランド「KOTA OKUDA」の活動に加え、LANDLORD(ランドロード)やKOZABURO(コーザブロー)、TELFAR(テルファー)、SEA NEW YORK(シー・ニューヨーク)など数々の気鋭ニューヨークブランドのジュエリーも手がける売れっ子なんです。
またもや僕はズケズケと土足で踏み込んで、居座ること2時間以上。それでも終始、いつものさっぱりした笑顔を崩さず、余すことなく語ってくれました。いきましょう、「青二才・ジュエリーデザイナー、奥田くんのあれこれ」。

HEAPS (以下、H):勝手に東京の人だと思っていたんですが、新潟県ご出身なんですね。

奥田浩太(以下、奥):そうなんですよ。日本海に10分くらいでいけるようなところで。北朝鮮拉致問題と万景峰号と唐揚げが有名なところです。米と酒だけではありませんよ。

H:新潟が唐揚げで有名なのは、初耳です。小さな頃から「光り物が大好き」みたいな子どもだったんですか?

奥:実は、全然興味がなかったんですよ。服は好きでしたけど。

H:18歳で上京するまで、ジュエリーはおろかファッションを勉強してたというわけでもなかったと。

奥:やるとも思ってなかったです(笑)。とりあえず留学してみたいっていうのが念頭にあっただけで、これといってどこで何がしたいのかもわからず。上京したのも「新潟からいきなり海外に行くよりも、まず東京に行きたいな」っていういわゆる田舎者の憧れがあって。あ、でも、小さい頃、日本円硬貨を集めてましたよ。

H:硬貨、光り物。インスタグラムにあげていたやつですね。小学校3年生、奥田くん、夏休みの自由研究。新500円硬貨だったり、2000円札なんてのが導入された時ですね。

奥:いま考えると、あれはいまに繋がってるなって思って。

H:かなり渋い、夏休みの自由研究だと思います。収集は趣味として?

奥:「新しいの出たよ!」って感じで、親にやれって言われたんです(笑)。でも、それでよくよくピン札とかみてみると、綺麗だなって。当時はまだゆるかったので、紙幣をコピーしてみたりとかして、あっ、いいなって(笑)。いま思うと、「(2000円札)肖像画じゃなくて首里城かよ!」みたいな違和感から興味がでてきたのかもしれません。




これが実際の奥田くん、夏休みの自由研究。

H:ちなみにご両親もクラフトマン?

奥:歯医者です。

H:詰め物とかもいってしまえば、ジュエリーじゃないですか? 親子コラボレーションでグリルも作れちゃいますね(笑)

奥:確かに型を取って、流して、磨いて、とかって僕のやってることと、歯科技工士さんのやっていることはまったく同じみたいです(笑)

H:話を戻して、東京に一年滞在して、セントラル・セント・マーチンズに入学するためイギリスに向かうわけですが、初日から「自分はファッション向いてないな」と面を食らったそうで。

奥:裁断とかミシンもできなかったですし、何よりコーヒーと雑誌片手に、ハイヒールで「おはよー」みたいな空気感というか雰囲気に、「これ違うな」って思っちゃって。

H:ファッションをやろうとはるばるイギリス、なのに初日で面食らい。くじけたりいじけたりしなかったですか?

奥:そういうことは全然なかったかな。服が好きっていうのも、お客さんとして好きだったんですよね。で、「何をやりたいんだろうな」って思いながらの留学だったので、いい意味で面を食らったというか。そこからジュエリーをやろうってなるまでに1年くらいかかるですよ。「ティファニーって聞いたことあるな」くらいのレベルで、当時ジュエリーって分野が頭になかったので。金属、ガラス、革、陶器、木材とかっていう素材、特に硬い素材が好きだなって思って、工作を色々やってました。


奥田くん。自宅に呼んでくれました。

H:ジュエリーデザイナーになろうと思った一番のきっかけはなんだったんでしょうか?

奥:彫刻、陶芸などのファインアートも好きだったんですが、そこで闘うのはきついな、と。だったら、ファッションの文脈に近くて、硬い素材を使ってクラフトできるものはないかなって考えていたときに、先生だったり、それこそファッションレーベルLANDLORDの(川西)遼平くんとかに、「ジェエリーいいんじゃない?」って。で、「あっ、いいっすね」ってことでジュエリーはじめました。そこからは早かったというか、のめり込みましたね。

H:のめり込み方すごかったんでしょうね。普段の奥田くんから職人気質を感じますもん。

奥:結構やってましたね。一日15時間くらいやってたんじゃないかな?「So serious(まじで真剣じゃん)」ってみんなから言われてました。「怖い」って(笑)。同じ学科に友だちがいなかったんですよ、ファッション科とかにはいたんですけど。だから、いつも同じ机を一人で占拠してずーっと作業していて、クラスメイトとかは「何? あいつ?」みたいな。

H:鬼のごとく(笑)。当時は、作り方からデザインまで学んでたんでしょうか?

奥:セントマってデザインの学校なんで、テクニックはまったく教わらない。頭の柔らかさとか回転の速さに重きが置かれてて、技術は結構どうでもいいみたいなとろこで(笑)。でも、プロの職人さんが4人くらいいて、誰かをつかまえてはわかんないところを聞く、を繰り返してたんですけど、そのうちの一人の職人さんとすごく仲良くなって。弟子入りみたいな感じで、基礎を学びつつ創作してました。

H:そんな4年間の集大成として発表した卒業制作は、イタリアの ITS (International Talent Support)ジュエリー部門でグランプリ。その時の感情としては、念願叶ってという感じだったんでしょうか? それとも、安堵感が先行したというか、「よかったな」っていう感じ?

奥:確信っていうのはなかったですけど、取れたらラッキーくらいに思っていて。取れた後にいろいろチヤホヤされるんだろうなとか考えていたんですけど、むしろ叩かれて。

H:叩かれる?? と、言いますと?

奥:いろいろなメディアの方に会う機会があったんですけど、会ってみれば「えっ、でも結局これ売れないよね?」とか「ITSとっても別に何もないよね?」とか結構言われて。「あれ?」みたいな。

H:まー(笑)

奥:まあ実際なにもなかったんですけどね。ゼロです(笑)。ただ、それはそれでよかったなって思って。

H:その後、拠点をNYに移したんですね。

奥:実は、NYに拠点を移す前に、3ヶ月くらいNYに滞在していたんですよね。先述の遼平さんの(パーソンズ大学院の)卒業制作のコスチュームジュエラーとしてサポートして。それからニューヨークの某ジュエリー社から誘いがあってそれも兼ねてきてたんですが、僕、観光ビザできてて。

H:あらまー(笑)。働けると思って来たはいいものの。

奥:そう、来たのに働けない(笑)。「どうしよう」ってなったときに、実は僕のセントマーチンの卒業制作はスワロフスキーに協賛してもらったんですが、その協賛の件でお世話になった人が、パーソンズの学長になられてて。「あれ? お前、ロンドンじゃないの?」ってところからはじまり、ニューヨークに至るまでの経緯を説明したところ、「大学院来るっしょ?」って誘われて。二つ返事で「はいいいいっ!」でしたね。これまでお世話になった彼を前にして絶対ノーとは言えない状況だったんで(笑)

H:そんなこんなで晴れてパーソンズ大学院に入学。特段にニューヨークに対する思い入れがあったというよりは、流れ、ですか?

奥:そうですね。これといってやることも決まってなかったんで。最初はめちゃくちゃ辛かったですね。それまでの環境と180度違ったというか。

H:はいはいはい。

奥:ロンドンって湿っぽくて、新潟と環境が似てるから居心地がよかったんですけど、ニューヨークはカラッとしてて、みんな元気だし「明るくね?」って(笑)


H:(現在、奥田くんが住んでいる)ハーレム地区なんて顕著ですよねえ。

奥:それに、パーソンズの大学院はファッション専攻しかなくて、ジュエリーをやってたのは僕だけだったんです。あんまり線引きする必要はないんですけど、ジュエリーとファッションって似たようで、結構違うかなと思っていて。ジュエリーってディテールを見てしまうんですけど、ファッションは空気で見るんですよね。だから、最初はまったくお互いに噛み合わなくて。だから、まわりも「えっ、なんなん、あいつ?」みたいな感じで(笑)

H:海外、2度目の孤立です。

奥:僕は僕で「ファッションはやらんし」みたいな感じになっちゃって、互いにささくれ立ってましたね。そういうこともあって、何回も教授に呼び出しくらいましたよ。「お前、国帰るか?」みたいな感じで(笑)。

H:うわー(笑)

奥:「お前は何がしたいんだ?」って。結構詰められました。パーソンズは4学期制なんですけど、毎学期に一度、「そろそろ帰るか?」って(笑)

H:コレクションより頻度高いじゃないですか(笑)

奥:やはりコミュニケーション不足ですかね。入学する際、「君は服を作らなくていいよ」って言われてたんですよ。でも、「指輪やブレスレット、ネックレスとかじゃなく、もう少し身体とコミュニケーションできるような作品を作ろうよ」って話で。ここ(手だったり、首で)で終わらせないで、全体で考えよう、と。それは僕も興味があったんで「そういうことやりたいです!」なんて面接で言ってたんですけど。

H:でも….?

奥:入学して暫くの間は、指輪とかを作ってて(笑)。まあロンドンでの経験がまったく通用せず、“無”を感じた瞬間でした。ここ最近はたのしめるようになってきましたよ。ようやく慣れてきたんでしょうかね。

H:紆余曲折、挫折も経験した奥田くんですが、在学中から、LANDLORDやKOZABURO、TELFAR、SEA NEW YORKなど、数々のニューヨークブランドのジュエリーを手がける他、自身のブランドKOTA OKUDAのポップアップも伊勢丹で3度開催され…いまでは大忙しです。学生生活と並行し、さまざまなブランドのデザインを手がける中で、プレッシャーを感じることはなかったのでしょうか?

奥:うーん、どうなんですかね? あんまり感じることはないかも。でもSAYAKA DAVISっていうブランドのジュエリーを作ってたことがあるんですけど、手作業が職人さんほどうまくないんで、14金だったりプラチナを溶かしちゃったこともあって。その時はめちゃくちゃプレッシャーを感じました。ただ、それ以降、「できないことは任せよう」という思いに至って、作業部分はプロの職人さんに託すようになりましたね。プレッシャーを感じるとすれば、デザインというより納期の方ですね(笑)


奥田くんのジュエリー作品。


デスク。綺麗です。

H:奥田くんの気晴らし方法は?

奥:骨董収集。頻繁ではないですけど、マーケットとかにいったりして。あとはひたすらeBay、 Etsy、Grailed、Yahoo!オークション、2nd Street、メルカリ、Amazonの巡回パトロールで毎日忙しいです。

H:部屋に入った時にまったくと言っていいほどものがなくてびっくりしたんですけど、確かによーくみるといくつかありますね(笑)
唐突ですが、今回のメインディッシュといいますか、奥田くんから聞いてみたかったのは9月(昨年)に発表したパーソンズ卒業コレクションについてです。今回のインタビューでも、すべて貸し出し状態で、現物は一つも手元にないということで。バズりにバズりましたね。

奥:はい、おかげさまで。

H:ラッパーのニッキー・ミナージュやカーディー・Bからも「貸して欲しい」って連絡がきたんですよね?

奥:そうなんです。ただ、貸し出ししたんですけど、結局使われなかったみたいですけどね。

H:ちなみにどれくらい貸し出し依頼の連絡がきたんですか?

奥:100件くらいですかね。リアクションはかなりありましたね。

H:1ドル札とマネークリップに包まれた女性、コインで作られたドレスなど、大胆なヴィジュアルは議論を巻き起こしたそうで。解釈はさまざまに及びました。

奥:狙ってたというよりは、予見はしてたというニュアンスの方が近いんですけど、100パーセント自分のコンセプトを出すのは重いかなと思ったんで、見る人それぞれで解釈してもらえたらなくらいに考えてたら、それが予想を遥かに越えちゃって(笑)。「君のコレクションはマルクスの資本論からきてんだよね?」とか、「Kotaは服にお金を使うから、その意を転用してお金を服にしたんだよね?」とか、「マルジェラだね〜!☆」とか。






実際の卒業コレクション。

H:「お金を題材に、安いものでいいものを作る。そして価値について問いかける」というのがコレクションのコンセプトだったということを考えると、だいぶ一人歩きしてくれてますね(笑)

奥:卒業コレクションを制作について考えてたとき、自分がいつも疑問に思っている「価値」についてやろうと思って。骨董品の価値とか、ブランドとか、はたまたおばあちゃんから貰った思い出の品の価値とか、いろいろな価値をまず列挙してみたんです。するとやっぱりモノとか、お金、金属とか物質に興味が湧いて、それにフォーカスしてやろうと思ってやろうって。その時になんでこういう考えに至ったんだろうと考えてたんですけど、「小3ですでにやってんじゃん」って思って。

H:そしてそれがバズったんですよね。ちなみに今回のコレクションに纏わるびっくりストーリー、他にもあります?

奥:「モデルにこんな裸みたいな格好で歩かせるな」とかって声がフェミニストの団体からあがってたみたいですね。確かに結構際どいヴィジュアルだったので、エージェンシーからもかなり断られました(笑)。
それこそインスタならではというか、給料日前に「Need Payments(金が欲しい)」とか「Shopping(買い物)」「Weekend Mood(週末気分)」みたいな文言と一緒にスタンプのように僕のコレクション画像をかなりの数の人が使ってくれてて。そのあと、GIFが勝手に作られていました(笑)

H:もはやリアルだと思ってない人もいたんじゃないですか?

奥:そうですね。フォトショで加工されたイメージだと思ってた人もいると思いますよ。

H:マネークリップがやはり一番人気ですか?

奥:ダントツで一番ですね。次に人気なのはジッパーとコインで作られてるやつ。おもしろいのが、ブラとかは全部本物のコインを手作業できり抜いて、1個作るのに3ヶ月くらいかかったんですが、リアクションがゼロ。かたやマネークリップの方は、糊付けとかの工程はあったんですけど、組み上げるのは本当に10分くらい。それでドカーンみたいな(笑)

H:改めて「価値」ってなんだって考えさせられますね(笑)。ちなみに以前「コレクションピースが一つ貸し出ししたまま紛失中」って聞いたんですが、あれは解決しました?

奥:実は、その紛失されてしまったのが、1番人気のマネークリップと2番人気のジッパーで作ったドレスなんですよ。雑誌の撮影とかで一番使われていたのがそれで。マネークリップドレスはすでに複製しました。ジッパードレスは、わけあってもう作れないんですが。

H:うわーーーー。

奥:某マガジンが撮影で使いたいって言うんで貸し出ししたんですけど、彼らに届くまでに無くなってしまったみたいで、もちろん写真もなく、「すいませんでした」ってなってまして。まあ契約書とかはしっかりあるんで、「おっしゃ、闘おう」って感じです(笑)。

H:よくある話なんですか?

奥:コレクションピースとは別で、指輪も一点、貸し出ししてるものが紛失。

H:バズりにバズっていろんなことが起きましたね。本当に。

奥:バズりに関しては想定外でした。むしろリアクションないと思ってたんですよ。「早く、仕事しないと」って思ってたくらいなんですけど、意外とこのバズりに振り回されちゃって。ちなみに、あのコレクションテーマを考えた出発点も、いかにローコストに抑えつつ、教授からの許可をもらうかってことだったんです。いろいろとかつかつだったんで(笑)



H:パーソンズの卒業制作と聞くと、もの凄くお金かけてるイメージがありました。

奥:その通りで、みんなかなりお金かけてますね。だから、教授に「道端に1ペニー落ちてても誰も見向きもしないけど、手を加えることでみんな見るよね」とか言い方を変えて説得して。

H:その節約が功を奏して、強烈にアメリカの資本主義社会を風刺している感、出てました(笑)。

奥:アメリカで見せるっていうのは大きかったと思います。たとえばこれがイギリスだと、ノーリアクションだったんじゃないかなと。
それからニューヨークファッションでいうと、ジェンダーやセックス抜きにはありえない世界なので、いつもそれを頭の片隅において制作していた気がします。コレクション制作は、ファッションのフィルターを介して見るジェンダーやセックスを模索する時間でした。

H:へー。ところで、奥田くんは普段ジュエリー付けないですよね? 装飾といえばメガネくらいでしょうか。

奥:普段、手を動かすことが多いので、付けているとガチャガチャしちゃって。ジュエリーを身につけたり、着飾ってオシャレをしている人間を観ることが好きですね。自分のことは、最低限の見た目、不潔感や威圧感が無いようにと気をつけるようにしています(笑)。襟のついたカチッとした雰囲気が好きなので、最近は金融の人と揶揄されています。

H:服もあんまり買わない?

奥:服はたくさん買いますが、さっき話した骨董収集の延長なのか、着てオシャレするというよりも所有することへのよろこびがあります。いずれ価値高騰するかもしれないし、そこへの先行投資をたのしんでいる部分もありますね、あとは、手に入らない状況の中で獲得するよろこび…?

H:意外とジュエリーに対する思い入れはあまりない?

奥:ないですね。そこらへんはあんまりピュアでないというか。ピエール・カルダンのジュエリーをマーケットで見つけて、「欲しい!」って思ったんですけど、でも同時に「付けないな」と。物として見ちゃうんでしょうね。“自分へのご褒美”などの私的利用でジュエリーを買った記憶もありません。

H:では、最後に、今後のジュエリーデザイナーKOTA OKUDAの展望を教えてください。

奥:安定したいですね(笑)。

H:またまたー(笑)

奥:いやいや、ものすごくきついですよ(笑)。だから安定した収入に、安定した家庭があったらなーって(笑)。でも、物作りを続けられたらいいなとは思います。

H:野望みたいなのはあまりないんですね。

奥:野望って言われると難しいですね。でももちろんお金だって、レスポンスだって欲しいんですけど、この人からオファーが欲しいとかはなくて。実際に、ニッキー・ミナージュだったりカーディ・B、リアーナやマイリー・サイラスから連絡がきても、そこまでテンションあがらなかったし。でも村上隆さんがいってたんですけど、自分が死んでからも一人歩きするような「作品」は作れたらいいななんて思いますね。

***
Aonisai 013: Kota

KOTA OKUDA(奥田浩太)
1991年生まれ。2015年、セントラル・セント・マーチンズのジュエリーデザイン科を卒業し、同年イタリアの ITS (International Talent Support) ジュエリー部門でグランプリを受賞。
2016年に渡米し、今年、パーソンズ大学院のファッションデザイン科を卒業。
同卒業コレクションはセレブからのラブコールにはじまり、各所ファッションシューティングで引っ張りだこに。現在は、自身のジュエリーブランドKOTA OKUDAの活動に加え、LANDLORDやKOZABURO、TELFAR、SEA NEW YORKなどのブランドのジュエリーも手がける。
日本の某ジュエリーブランドのデザインも目下進行中。

@kotaokuda



Collection Photos via Kota Okuda
Photos by Kohei Kawashima
Text by Shimpei Nakagawa
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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