空前のコーワーキングスペース・ブームで、都市部におけるその数は年々増えている。だが、悲しいかな。手頃なものは少なく、収入不安定なフリーランスのお財布には厳しい。
そんなノマド・フリーランスを不満を汲み取る、「WePark(ウィーパーク)」という、一風変わった“路上のコーワーキングスペース”があるのをご存知だろうか。
交通の便が良くて、緑の多い公園からも近く、晴れていれば日当たりも抜群。それでいて1時間たったの300円。一点、問題があるとすれば、摘発の恐れは限りなく低いものの、グレーゾーンであること。
なんでそんなに高いかな。コワーキングスペースはノマドワーカーにやさしくない
「コワーキングスペース」という言葉が注目を集めて、はや10年以上。起業家やフリーランス、また、テレワーク(リモートワーク)を導入する企業も増え、オフィス外の場所で仕事をする働き方も行き渡る社会の動きとともに、さまざまな形態のコワーキングスペースが生まれている。
中でも、世界約20ヶ国、300拠点を持つ『WeWork(ウィーワーク)』の存在は大きい(いまは議論の渦中にいるが)。そのWeWorkをもじった「WePark(ウィーパーク)」というものがある。路上の一箇所を作業場に変えて仕事をする、ゲリラ的なコワーキングスペースだ。WeParkがはじめてパブリックに姿をあらわしたのは今年の4月25日。場所は、サンフランシスコ市庁舎の前の路上の、駐車スペースだった。
WeParkの発起人、サンフランシスコを拠点にするフリーランスのウェブ・ディベロッパー、ビクター・ポンティス氏。天気のよかったある朝に「公共の駐車スペースに数時間の間、机と椅子を持ち出してみます」とツイート。そこで一日デスクワークをしてみることにした。
すると、30人ほどがその“オフィス”に集まってきた。ポンティス氏はBBCの記者にこう話している。「僕らが住むここサンフランシスコの家賃および住宅価格の高騰は、深刻。そんな中で、交通の便がよくて、緑の多い公園からも近く、買い物をするにも便利、なおかつ日当たりもいい。こんな贅沢な公共のスペースを、駐車スペースとしてだけに使うのが、市民や街にとってベストだと言えるのでしょうか」。
この、タクティカル・アーバニズム(戦術的な都市計画)*を匂わせる発言に、地元や国内だけでなく、海外の、主に都市部に住む人たちが反応した。
*街や都市を長期的に変化させるために、市民が行動で起こしたり、低予算の短期的プロジェクトを実施して行く手法(Short-term Action for Long-term Change)。
(出典:WePark Official Website)
その街ならではのニーズをパブリックスペースで顕在化
もともと、サンフランシスコは、毎年9月第3金曜日におこなわれる、駐車場を公園に変えて都市の生活をより良いものにしようという「PARK(ing)Day(パーキングデイ)」の発祥の地でもある。駐車場を別のものに変えるという点で、WeParkのアイデアは特別新しいものというわけではない。
*Parking(駐車場)をPark(公園)に変えることで、都市の生活環境をより良いものにしようというグローバル・ムーブメント。
コワーキングスペースを突如作り出す、ということも斬新なものではない。NYを舞台にした人気の米コメディドラマ『ブロード・シティ』の自称フェミニストのメインキャラクターは、あるエピソードの中でサイドウォークに「SheWork」という、女性と喫煙者のみが使えるコーワーキングスペースを(勝手に)作ったこともあったし、フラッシュモブ集団「Improv Everywhere」は、公共のフォンブースをコーワーキングスペースにする社会実験を行ったこともあった。
ポンティス氏は、WeParkをはじめたきっかけについて、オランダの自転車ブランド「ユニオン」が「アムステルダムの繁華街にある路上駐車場の一角に、自転車を8台とめられる移動式インスタレーションを設置したというツイートをみて」と、BBCなど各誌に語っている。
「駐車スペースを駐輪スペースに変える」は、まさに自転車大国らしい発想だ。環境にやさしく、自転車に乗る人の数も多いアムステルダムの住民のニーズを汲み取ったものだといえる。
では、ポンティス氏のような、家賃も含め、物価も高騰するサンフランシスコ在住のフリーランスたちの間に広がるニーズはなにか。
手頃なオフィススペースである。上述の通り、時代は空前のコーワーキングスペース・ブームを迎えている。つまり、スペースはあるのだが、そのレンタル料金が「決して手頃ではない」のが問題なのだ。都市部ならなおさらで、月々のメンバーシップ料金は約5万円。月々の家賃にあくせくするフリーランスには、気軽に手の出せる値段ではない。
一方、WeParkの使用料は、駐車スペース(コインパーキング)の使用料と同じ、1時間あたり約300円。3人集まれば一人100円、など、金額に明確なルールはなく「オーガナイザーの裁量に委ねている」とのこと。WeParkの設置に適した「お勧めの場所」は、安定した無料ワイファイが飛んでいて、公共トイレが近くにあって、できれば公共の水飲み場や充電スポットにもアクセスできる場所だそう。
ツイッター上では「WeParkは(WeWorkなど高額なコワーキングスペース)のパロディではないのか」との指摘も。それに対しては、「真面目だけれど、ジョークでもあります。交通量の多い通りに机と椅子を持ち出して仕事をするのが合理的だとは言い難いですからね」。
確かに、このWeParkという路上のコワーキングスペースを作り出す意義は、細かな金額設定をして実用化していくことよりも、「住民のニーズを具現化すること」にあるように見える。実際、WeParkに参加したノマドワーカーに共通するのは、市内の既存のコーワーキングスペースには手が届かないものの「コーワーキングスペースというアイデアに興味がある人たち」だったと、ポンティス氏はヒープスのインタビューに回答している。
ノマド・ワーカーだけじゃない。ゲーマーや活動家も参加
WeParkに賛同するのは、ノマドワーカーだけではない。たとえば、駐車スペースにバンを停め、テレビスクリーンとニンテンドー64やゲームキューブ、そこに折りたたみ椅子を広げ、通りすがりの人をも巻き込んで、駐車スペースをみんなでゲームをたのしめるエンターテイメント・スペースに変えたゲーマーもいる。こちらも特に使用料金設定はなく、ゲームを楽しんだ人がチップを渡す、というものだったそうだ。
その他、WeParkの賛同者に多いのは、環境やアーバニズムの「活動家たち」。CO2排出量の高い車よりも、自転車やスクーターなどのサステイナブルな移動手段を支持する活動家が、公共スペース内の駐車場の増加に不満を抱いていたのは想像に難くない。
たとえば、彼らは上述のアムステルダムの例のように、自転車やスクーターなど環境にやさしい乗り物の駐輪スペースへの転換を支持している。
(出典:WePark Official Website)
ただ、使用料金さえ払えば、駐車スペースを駐車以外の用途に使って良いかどうかは、国や地区にもより、合法とも違法とも言い難い「グレー」だという。
6月頃まではツイッターアカウントもそれなりに積極的で、複数のメディアに取りあげられていたWePark。6月末には「ワールド・ワイド・ウィーパーク・ウィーク」なる、世界同時の啓蒙週間も企画されていた。だが、それに関する具体的なアップデートは、7月になっても、8月になっても発信されておらず、なんだか夏前ほどの勢いを失ってしまった感が否めない。ノマドワーカーも、夏はさすがに仕事よりもバケーションを選んだ、ということなのだろうか。
WeParkのゲリラ的アプローチは、現体制への疑問を喚起するものとして、また、街をよりサステナブルにしていくこと、子どもから大人までが参加できる街づくりを実践していくうえでも「公園というパブリックスペースをどう使うか」を考えることは有効だった。それだけに、ムーブメントの失速は残念。その陰には、正式に許可をとって運営することの難しさもあるのかもしれない。秋以降の活動の再開についてはいまのところ「未定」だそうだ。
しかし、都市部にもっと安価に利用できるコーワーキングスペースってないものなのか。そう思うたびに、数百円のコーヒー一杯で長居させてくれるカフェには心から感謝である。
Interview with Victor Pontis
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Eyecatch Image by Midori Hongo
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine