“若手デザイナー”がたった一人遂行したゲリラとは?まぼろしの地下鉄案内表示
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ニューヨークの地下鉄(以下、MTA)は「不親切」だ。「臭い、揺れる、時間通りにこない」は、諦めるしかないとしても、「どこ往きの電車か不明「ア ナウンスがまったく聞こえない」など不満を挙げれば切りがない。その中に、案内(サイン)の不親切さというのが ある。「Exit(出口)」とは書いてあるもののどの通りへ続く出口なのかが「?」なナゾナゾ感。答えは「地上に出てからのお楽しみ!」と、毎日余裕を持って生活できればいいが、 なかなかそうもいかないもの。長い階段を上り終えてからの「ここはどこ?」。もはや「慣れる、覚える、人に聞く」しか解決策はないと思っていたが…。そんなある日、突然現れたパーフェクトな案内表示。「MTAもついにやってくれたか!」と思いきや、それは一人の市民の静かなるゲリラ行為だった。

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“犯人”は若手デザイナー

 ニューヨークの地下鉄から地上へ出てキョロキョロと立ち止まるのは、なにも観光客だけではない。何年住んでも同じである。それは、地下鉄の「Exit(出口)」という案内サインに、どの通りへ続く出口なのかが明記されていないからだ。

「降客が最後に得られる情報は、この出口が、何通りのどの角に繋がっているか、というもの。けれど、知りたいのは、いざ地上に出たときに自分がどこに向かって歩いているのか、ですよね?」。そう話すのは、デザイナーのRyan Murphy(ライアン・マーフィー)。地下鉄に「ゲリラ案内表示」を掲げた男である。
 マンハッタンの通りは、京都のように大部分は碁盤の目状になっている。ゆえに、ライアンのいうとおり、地下から地上へ出て自分が何方面(東西南北)へ向かって歩いてるのかが分かる情報は、非常に親切でありがたい。

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 ライアンが地下鉄にゲリラ案内表示を設置したのは、2015年の春。その当時まだ、デザイン学校の学生。
「ゲリラ行為」から連想するアナーキー、サブカルのイメージとは対極とも思える、クリーン、ミニマルという単語がピッタリな彼。実際に会ってみて「あなたが?」という意外さがあった。
「最初は、学校のグループワークで地下鉄のサイン(案内表示)を題材に選んだのですが、課題内容は、プランを練るまでだったんです。それがきっかけで、『もし実行してみたら…』に興味がわいて、趣味というか、個人プロジェクトとしてやってみました」

アーティストではなく「デザイナー」のゲリラ

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 ゲリラ行為とはいえ、バンクシーのような「覆面アーティスト」を狙ったわけではないという。デザイン界の教えの中に「できるだけ早い段階において、解決案をユーザーが見えるカタチにまとめて、実際に試してみるのが大切、というのがあって…」と前置きをし、「デザインの本質は問題解決にあり、良いデザインは、既存の何かしらの問題を解決するものです」と、あくまでもデザイナーとしての立場であったことを強調するライアン。

 現在、ニューヨークで目にする案内サインは、「70年代に作られたもの」だという。
「もちろん、利用者の利便 性を考えて作られたそうですが、十分に機能してないまま40年以上が経っていることになります」
「何が問題解決につながるか」を探るべく、約一ヶ月半に渡り、マンハッタンの86丁目の駅で検証を行った。数 ある駅の中で、同駅を選んだのは「マンハッタン内で最 も利用客の多い駅の一つであり、MTAの基本構造(急 行と鈍行が止まる)を抑えており、さらには“メトロポリタン美術館を訪れる観光客”から、“通勤、通学で利用する地元の乗降客”まで、幅広い層に利用されていることから実験に適していると思った」と話す。

「まずは、紙で試作し、駅のいろんなところにテープで貼ってみました」。そして、サインを頼りに出口へ向かっ た人に「いまのサイン、役に立ちましたか?」と聞き込み調査。それをもとに、サインの位置だけでなく、大きさや素材も変えて「全部で10プラン以上」を試行したという。なんとも地道な作業である。

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いざ、当日。わずか10分で完了。 ゲリラ費用「5ドル以下」

アイデアが固まったところで、MTAの地下鉄部門に、“自作サインの設置許可”を求めた。 「実験の結果、こういった案内表示があると乗客のためになると考えました」と、丁寧に提案書も添えて。だが、「たらい回しにされたあげく“担当者”と話せるチャンスはもらえなかった」。
 試行錯誤の末、軽量の木版にウォータープルーフ加工をしたデザインを選択。日程は「平日の昼過ぎ」を選んだ。日中は人通りも多く「人目につきやすいのではないか」と思われるが、「深夜はかえって目立ち過ぎる」とのこと。「日中でも一本電車が去って、次がくるまでの間は、乗降客の流れが穏やか」。その間を狙った。

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 所要時間はわずか10分。「あとは(目的の場所に)ノリをつけて貼付けるだけ、というところまで備していたので、当日は驚くほどスムースでした」。また、「ニューヨークなんて、そこら中に“変わった人”がいますから。階段で10分弱、静かに座り込んでいるくらいじゃ、みんなスルーです」と笑った。
ニューヨークの地下鉄に、何の違和感もなく馴染んでいたライアンの案内サイン。乗降客からは「MTAもついに、役に立つことをやってくれた」と、歓喜の声が上がっていたほどだった。

役にたっても「違法行為」にはかわらない

 ウェブサイトに自作の地下鉄案内サインを掲載した数日後、ある地元記者から問い合わせがきたという。
「86丁目駅の新しいサインはあなたの作品ですか?」。インタビューを受け、それが記事になると、それは瞬く間に拡散された。すると、また別の記者から問い合わせが。

「あるジャーナリストが、僕の意見だけでなく、MTA側の意見も聞こうと、問い合わせたらしいんですよ。『86丁目のサイン、ご存知ですか?コメントをお願いします』って」。それを機に、MTA側は、案内サインの存在に気づいたという。
 結局、設置から約2週間後、サインはMTAによって無言で撤去された。

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「本当にMTAからは、何の連絡もなかったのか?」と聞くと、「ないですよ。MTAにとっては、どうでもいいことだったと思いますよ。ただ、一応、規則違反だから撤去した。それは、落書きがあったから消した、っていうのと同じ感覚だったと思います」とあきれ顔。悔しさはないのだろうか。
「ない、ですね。僕の当初の動機は『やってみたらどうなるか』で、検証をはじめて、それが『問題解決につながるデザインがつくれるかどうか』になった。その部分が達成できたから、正直、悔いも怒りもないです」。実際に、86丁目に存在したのはたったの2週間。しかし、記事がインターネットで拡散されたことで、いまなお地下鉄利用者からは、「是非、あのプロジェクトを続行してほしい」というリクエストがくるという。が、彼は冷静だった。

「真っ正面からMTAに、僕みたいな何の権力もない市民が、自分の意見を採用してもらおうなどとすると、最低でも2年はかかる。その間、煩雑な手続きや定期ミーティングへの出席を要される。いまは他にやりたいことも、やらなければならないこともありますし、気が進みませんね」。そういって、彼は足早にオフィスへと戻っていった。

 都会人は忙しい。官僚方式のMTAを相手にしている時間はない、ということか。ゲリラがすべてうまくいくわ けではない。こうして「市民のグッドアイデア」がかき消されていくこともある。そんな瞬間も垣間みた。


Photographer: Kuo-Heng Huang
Writer: Chiyo Yamauchi

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