名前も看板もない。でも、人が集まる。 奇跡のレコードショップ「Record Shop(仮)」
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ニューヨークに「こういう店が存在すること自体が奇跡!」。そう思える店に出会った。
ブルックリンのウォーターフロント、レッドフック地区に現れた「名前のないレコード屋」。
近年、街を見渡せば、計算されたお洒落な店ばかりだ。それはそれで「素敵だ」と思う反面、隙がないデキスギっぷりに、やや気後れしてしまう。

食うか食われるか、新陳代謝の高い街、ブルックリンだもの。「仕方がないよね」と思いきや、突然出会った、名前も看板も、ウェブサイトも、SNSページもないレコード屋。オープンから半年が経つが、「名前は看板を作る時に考えようと思ってさ」ということで、今も「Record Shop(レコードショップ、仮)」のまま。そんなメロウな空気が流れる奇跡のレコードショップと、ユニークなオーナーの話である。

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Mr. “classic Brooklyn guy(クラシック・ブルックリン・ガイ)”

 だいたいいつも陽気なファンク・ミュージックが響く。そこにいる、だいたいいつも黄色のセーターを着ている男、ジョン・レノン眼鏡をかけたちょっと猫背の彼が店のオーナー、Bene Coopersmith(ベニー・クーパースミス)だ。
「ニューヨーク育ち」というのが俄かに信じ難いのは、60-70年代の映画から飛び出してきたような、どこか俗世離れし風貌せいか。ミュージシャンで、カーペンターで、ペインターで俳優。人は彼を「classic Brooklyn guy(クラシック・ブルックリン・ガイ)」と表現する。

 店をオープンした理由は、「家にたくさんレコードがあったからさ」。もう少し突っ込んで聞いてみると、「このエリアに住んで7、8年になるんだけれど、コミュニティの一員として、何かコミュニティのためになることをしたかった」と、開業の理由を述べる。

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レコード世代の生まれではなかった

 店内に並ぶレコードの数は約5,000枚。「好きなだけ視聴して」というそれらは、自身のコレクションと買い取ったものが混在し、安いものは1枚2ドル(約225円)、高いものは500ドル(約5万6,000円)以上もする。コレクターに言わせると「レアなお宝が眠っている」そうだが、ベニーは「僕は500ドルのキャッシュ方がイイから売ってしまうけれどね」と笑う。

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 見るからに「レコード好き」そうな彼だが、レコード世代ではない。すでにカセットテープが普及していた80年代生まれだ。レコードに興味を持ったのは、「子どもの頃に、バンドの練習場所を貸してくれたり、いろいろ良くしてくれた人がレコード屋の店主だったから」。その店はいまもブルックリンに「ギリギリ存続(今年中に閉店予定)」する創業40年以上にもなる老舗のレコード屋。ベニーは「そこで昨年まで、日曜日だけ働いていたんだ」という。「時給5ドルでね」
 音楽は世代を超えて人をつなげる。「よく常連と、70年代の音楽の話で盛り上がってさ。彼らは50代とか60代の人たちで、僕に『当時のあのライブ、やばかったよなぁ』って話をするんだけれどさ、僕生まれてない、みたいな」。どうやら1982年生まれ、現在33歳らしい。

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インターネットではなく、”ここ”で買いたくなる

 彼の居住地であり、レコード屋のあるブルックリンのレッドフック地区は、マンハッタンとは海をはさんで目と鼻の先のウォーターフロント。だが、地下鉄駅から微妙に遠かった不便さゆえに、時代はここを素通りしてきた。いまも寒い時期は、隔絶された漁村のような哀愁が漂う。だからだろうか、ベニーのように、ムダに人を寄せ付けなくて「逆にいい」と偏愛し住みつく者もいるのである。

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 そんな不便で人も疎らなエリアにあるにもかかわらず、このレコード屋には名前も看板も、ウェブサイトも、SNSページもないのだ。道楽か?と思いきや、「家賃も払わなきゃいけないし、彼女もいるし、いろいろ不安は尽きないよ」と、彼なりに悩みはある。
「見せかけだけのレコードショップはやりたくない」と、明確なビジョンも。見せかけだけ、とは、レコードショップでありながら、売り上げのほとんどはインターネット販売に頼っている形態のものを指すらしい。

「それだったら、わざわざ店舗を持つ必要はないし、何よりコミュニティのためのビジネスじゃないからヤダね」。それではどのように機能させてるのか、というと「地下に作ったリハーサルスタジオを貸したり、イベントスペースにしたり、あとギター教室も開いている」そうだ。

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奇跡の陰に、理解ある大家さんの存在あり

 別に確たる勝算があったわけでも、潤沢な予算があったわけでもない。けれど、彼には愉快な仲間がいた。その一人が「音楽仲間で、この場所を貸してくれたランドロード(大家さん)」だ。
 ここでは昔から、いろんなビジネスが行われてきた、と聞く。ランドリー、本屋、数々のレストラン、ダンススタジオなど。壁の鏡は「ダンススタジオ時代のものを残している」そうだ。ベニーはこう言う。「彼は僕に貸すより、別の人に高く貸した方が、儲かったと思うよ。けれど僕を選んでくれた。彼も結局、ミュージシャンなんだね。音を出すことにも寛大でいてくれているし、よく遊びにも来る。彼がいなかったら、このレコード屋は実現してないよ」

 オープンから半年、「最初はうまく行く気がしなかったね。けれど、気づいたら、ここに人が集まるようになっていてさ。レコードを売りにくる人、買ってくれる人、ジャムしに来る人、ただ喋りに来る人…。ちょっと自信がついてきた」とニコリ。

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 春の兆しに「そろそろ店の看板を作ろうと思う」とポツリ。「焦らず、人間らしいテンポで成長させていきたいね。じゃないと、僕、無理だよ。死んでしまう」。レコードに針を落とし、小気味良いステップを踏みながら、ベニーはそう言った。さりげない一言だった。だが、考えれば考えるほど、とても的を得た発言だと思うのは、私だけだろうか。

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Beneのレコードショップ(仮)

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Photos by Omi Tanaka
Text by Chiyo Yamauchi

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