あえてローテクで「誰もが一人で野菜を育てられる未来」。専門知識不要・水やり月1・5歳児からの水耕栽培キット

ハイテク農業に注目が集まる中、ローテクでフードデザート問題に立ち向かうスタートアップ。大きな組織やシステムに頼らなくても「自分の食べるものを自分で確保することはできます」。
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秘密は「ココ培地」?。少量の水だけで自然に育つ

 
 近年、注目を集める“未来のインドア農業”といえば、最新テクノロジーを用いた「ヴァーティカル・ファーミング(垂直農法)」や、空中で育てる「ハイテク・エアロポニックス(水気耕栽培)」などが話題だが、今回紹介するこちらはローテク。今年8月よりサービスを開始した、米インディアナ州発の「アグレッシブリー・オーガニック」だ。各家庭内で、誰もが手軽にオーガニック野菜を育てられるという。昨年度のSXSW(サウスバイサウスウエスト)でもフード+シティ部門で受賞し注目を集めた。


「5歳の子どもでも育てられる」そうで、経験や専門知識は不要。水やりも月に1回程度でよいそうだ。付属の電光パネルを使った育て方を推奨するものの、電気を使わずに自然光で育てることも可能。また、水耕栽培とはいえ、通常、必要となるポンプやエア・フィルターといった装置もいらない。その理由は「根元にココナツファイバーを使用しているから」。いわゆる「ココ培地*」のことで、ココナツの繊維でできた有機培地を使って植物を育てる方法だ。

*培地 微生物や動植物の組織などを培養するために調製された物質。液状と固形がある。

 土を必要としない水耕栽培では、植物の根元を固定するために培地が使われるが、ココ培地は、植物の成長に必要な成分が豊富に含まれおり、特に、保水性、保肥性(ほひせい:用土が肥料成分を保持する能力)に優れている。この培地の状態によって、植物の成長スピードや過程にも違いが出てくるそうだ。このココ培地を用いることによって、ハイテクのインドア農業のように、湿度の調整や自動水やりの機能などがなくても「ちゃんと育つ」のだという。
 収穫のポイントは、 たとえば葉野菜であれば芯から採らず、葉の部分だけを一枚ずつ必要な分だけ採ること。1つの培地から平均4、5回の収穫ができ、レタスやミニトマトであれば約3ヶ月、ケールは6〜10ヶ月ほど持つそうだ。 

ところで、本当に“誰でも”アクセスできるものなのか?

 創始者のジョナサン・パートロウ氏はこう問いかける。「レタスは収穫してから24時間以内に90パーセントの栄養価を失うことを知っていますか?」。アグレッシブリー・オーガニックのキットが自宅にあれば、産地直送のものより新鮮な野菜が安価に手に入る。また、キッチンなど「目の前にあることで、より多くの野菜を食べることにも繋がり、食生活の改善も期待できる」とアピールする。
 
 目指すのは「安全かつ栄養ある野菜に『誰もが』『どんなときにも』『アクセスできる(入手・購入できる)』未来」。特に、そういったものへのアクセスが困難な低所得者や社会的弱者層にも届けられるようにしたいと話す。ということは、リーズナブルであることは外せない要素となる。ただ、現在の価格は、ポッドは9つセットで、139ドル(約1万4,000円)。最大27回までの培地と種の交換も含まれるというが、初めてこのサービスを購入する際にもっとも安価なものが100ドル以上というのは、気軽に手を出しにくい印象もある。
 そのため、現在はもう少し安価な「6ポッドセットで50ドル(約5,000円)」のプランを検討しているそうで、分割払いやフードスタンプ(アメリカ合衆国で低所得者向けに行われている食料費補助対策)での支払いも可能になる予定だと話す。


 

組織やシステムに頼らずに「自分の食べるものは、自分で確保する」

 容器に蜂の巣と同じ「六角形」を選んだのは「スペースを効率よく使えるから」。それにより、大学の寮などの「狭い部屋やキッチンのちょっとしたスペースで家庭菜園ができる」という。パートロウ氏は、このインドア・ガーデンを各家庭が取り入れ、ユーザーネットワークを拡大していくことのメリットについて「フードシステム*をより強固で持続可能なものにしていくこと」だと話す。


*食料品の生産から流通、最終の消費者の食生活に至るまでの食料供給の一連の流れ。

 というのも、米国消費者が日常的に口にしている青果の多くは農業が盛んなエリア(カリフォルニア州やアリゾナ州)で生産されたものだが、そういったエリアは、干ばつをはじめ自然災害に悩まされがちだ。生産量やコストに影響が出れば、商品の供給量は縮小、価格は高騰する。すると、地理的、経済的な理由で、新鮮な青果にリーチできない人たちがでてくる。近年、日本でも耳にすることが増えた「フードデザート(食の砂漠)」問題。これは、端的にいえば「生鮮食料品の入手が困難な地域」を指すものである。そういったエリアに住む人の多くは、上述の高齢・低所得など、社会的弱者層であることが多く、深刻なのは、生鮮食料品の購入が困難になると、その摂取量が不足し、それが栄養不足や偏りを招き、結果的にそのエリアに住む人たちの健康悪化に繋がっていることだ。当然、不健康にはコストがつきまとう。医療費が高い米国ではなおさらだ。
   
 だからこそ、住んでいるエリアや家の大きさ、作物を育てた経験の有無に関係なく、誰もができるだけ栄養価の高い食べ物に恒久的にアクセスできることは大切だと主張する。アグレッシブリー・オーガニックのサービスは、個々の食の自立、オーナーシップを支援するためのものである。大きな組織に頼らなくても「自分の食べるものを、自分で確保できる」。その感覚を体感することは、個々のエンパワメントにも繋がるという。

 ただし、このローテクサービスは、決して食に関する問題のすべてを解決するものでなく、また、ハイテク技術を批判するものでもない。個人的にはあくまでも、栄養価の高い青果にアクセスするための消費者の「新たなオプション」だとみているが、彼らは、食の自立の支援を通して「個々をエンパワメントするためのムーブメントだ」と語る。
  
 少ない水とコスト、環境負荷、また専門知識要らずでどれだけたくさんの栄養価の高い野菜を作れるかという挑戦や思想自体はおもしろい。ぜひムーブメントになって欲しいと願う一方で、やはり、食は「おいしそう」に見えることも大切なのではないかと気にかかるところもある。栄養価が高いとはいえ、なんというか、この六角形のポッドからヒョッコリ生えたケールやミニトマトをみて、食欲が湧くのか…という疑問。そういうことがどこか置いてけぼりになっている気がしてならない。「2050年には97億人を養わなくてはならない」という地球規模での問題に視点をやれば、「こうして効率的に食物を育てられます」というオプションと、「私たちはこれで良い」という選択が増えていくこととしてもちろんありなのだが。

Interview with Aggressively Organic

Photos via Aggressively Organic
Text by Chiyo Yamauchi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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