現代アートの垣根を壊すのは、"サイバー空間の女性ダダ集団"「LIVE WILD」
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「現代アートって、いつも皆のためにあるものじゃないと思う。アートスクールに行った人たちとか、一部のグループに属していないと理解できないものだったり。私、そういうのが本当に嫌で」
スカイプ取材中、その言葉に思わず大きく頷いてしまった。
まったく理解できない現代アート作品の目の前に立ち、わかった素振りを見せたり、感嘆の声を漏らしたり。ちょっと”知ってる”友人にどれがいいと思う?と言われて、なんとなく作品を指差したり。そんな経験が身に覚えにあったからだ。

「私が影響を受けてきたアートは、フォークアートのような、小さなどこかの村出身だったとしても理解できて楽しめるようなものです。
そして、いま、私たちがサイバー空間で表現するのも、ダダイズムもそう。垣根のないアートを表現したいんです」

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Charlotte Fos, Latin Studies

※フォークアート
(限られた人々だけに享受されるのではなく、広範な民衆層に支持されるアート)

現代のダダイストは「サイバー空間」にあり

“彼女”とは、カミーユ・レベキュー。フランス出身の写真家でアーティスト。ダダイズムの精神を引き継ぐ7人の女性芸術家たちから成るウェブサイト上のダダ集団「LIVE WILD」をまとめる、若きダダイストである。

ダダイズムって?

ダダイズム

一言でいえば「それまでの(芸術)価値観」を完全否定しようという思想。
芸術でいえば「アートが美しい必要ってないよね?」と。

そんな大胆なアンチが生まれた理由は時代背景にある。
第一次世界大戦真っ只中の1910年代ヨーロッパ。人間の残忍さや無慈悲さをあらわにした戦さの中、時の芸術家たちは崩壊した街の中でこう考えた。
「人間の理性とは一体なんだ?秩序とは?合理性とは?」

これまで”良い”として積み上げてきた世の価値観の先にあったのが戦争という虚無に対し、それまでの世の既存の価値感への否定、反抗、破壊の精神が根底にある。
特に「人間の理性や芸術は、美しいものであるべき」という思想にアンチテーゼを唱え「無意味であること」に価値を見出した芸術ムーブメント。

その後ニューヨークダダや東京ダダにも派生し、後のシュルレアリズムに。
1950、60年代にネオダダに変幻、60年代初期に欧米各地で発生、ニューヨークではオノ・ヨーコもメンバーだった前衛アート集団「フルクサス」がアートの概念を受け継いだ。

 2014年に誕生したサイバー空間のダダ集団「LIVE WILD」。カミーユの従姉妹や友人(その友人)、オンライン上で出会った人などで構成される。7人の女性メンバーたちは、国籍も民族背景も居住地も異なる20代から30代の若いアーティストだ。

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Charlotte Fos, Digital Communications デジタル時代のコミュニケーション

アートを知らなくても面白がれるアート

 彼女たちが受け継ぐダダイズムの精神には、二つ。

 第一の精神は、「アートの持つ既存の概念を潰す」という姿勢。
 かつてのダダイズムは、写真や文字の切り抜きを無作為に並べ重ね合わせるコラージュを好んで作り、そこに政治的主張や現実世界からの乖離(かいり)、人間開放などのメッセージを込めた。

 彼女たちは、「現代アートの壁」を壊そうとする。
 特定のアートコミュニティに属している人でないと理解できない。そんな排他的な性質もある現代アートを嫌い、彼女たちの作品はナンセンス・コラージュ作品だ。”ここがこう、こうでいいんだよ”なんて正解が存在しないナンセンスな作品は、作品と鑑賞者の壁を取っ払う。それぞれが好きに理解することができるのだ。

「こういう展示はどうでしょう?集客は」なんて茶々は入らない

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 第二の精神は、「作品発表の手法」。ダダイズムにはこんな作品発表がある。

 ダダイズムの創設者、トリスタン・ツァラは英語、フランス語、イタリア語で同時に詩を朗読(それぞれの詩は意味が通る)して、聞く者を混乱させて理解させない「同時詩」を芸術クラブでデモンストレーションした。

 前衛集団フルクサスは、ゲリラ・シアター、ストリート・ショー、電子音楽コンサートなどを「ハプニング」「イベント」と総称し、身体表現で表現。名声高い美術館やギャラリーでの展覧会での作品発表を好まず、”作品発表空間”は自分たちで創りだした。

「インターネットは、ダダイズムにとってぴったりの場だと思う。発表のすべてに対して私たちが手綱を握ることができる」

 なるほど、彼女たちのサイトは面白い。メッセージはシリアスでありながら、同時に馬鹿馬鹿しく思わせるような皮肉やユーモアが光る。
 大きな美術館やギャラリーで作品を発表するためには、然るべき場所や時、資金、主催者側の意見など様々な要素を考慮しなければならない。現代のダダイストである彼女たちは、インターネットというサイバー空間で、そういった縛りや「アートとは」という世の中の説にとらわれず、いつでもどこまでも自由に表現する。

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彼女たちのウェブサイト。ホーム画面中央に現れるGIF作品や、常に動く背景、パソコンの画面をモチーフにしたアーティスト紹介ページなどに遊び心が見え隠れ。

「父親の顔を切り取った写真」を保存していた母親

 7人の女性ダダイストたちの作品のテーマの根底にあるものは、異文化体験、家族、宗教、象徴主義、アイデンティティ、人と人の交流、人と自然の関係性。個人体験から感受したことを投影しているという。

 カミーユの作品 ”Father” は、幼少期の刺激的な原体験を下敷きにしたもの。
 父親のいない家庭で育った彼女、ある日、母親が隠していた家族アルバムをこっそり見てしまう。目にしたのは、父親の顔の部分が切り取られた写真だった。

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「ショックだったし、暴力的だと思ったわ。写真を捨てるのではなく、ダメージを残したまま取っておくという行為に」。そこで父親の顔がぽっかりと空いているいろいろな家族のスナップ写真を集めた作品で、家族とアイデンティティを表現した。

ウクライナ出身のイナ。アメリカで過ごした時に感じた人種摩擦や、一連の白人警官による黒人射殺事件に対する批判を表現。

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Ina Lounguine, The Price of a Black Life in America

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Ina Lounguine, The Price of a Black Life in America

ロシア出身のアナ、アメリカ縦断の旅で撮りためた”異文化”を、

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Anna Hahoutoff, Americana / Wyoming

アルメニア人のルーシー、自国アルメニア伝統文化と現代文化の融合を、

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Lucie Khahoutian, Pomegranate

ベルギー人のマーグリット、ロシア人女流詩人による詩”Mountain Poem”をモチーフに、

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Marguerite Horay, La Fidelité des Images

アルメニア/レバノン人のリラは自然と人間の関係性を、

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Lila Khosrovian, Petrichor

それらすべての個人的な主観や理不尽な社会への揶揄を、ユーモアとナンセンスとともにコラージュに閉じ込めた。

「フェミニズム集団ではない」

 7人、女性たちだけのダダ共同体だが、”フェミニズムグループではない”そうだ。
「たまたまメンバー全員が女性ってだけ。男性も歓迎よ。私たち一人ひとりはフェミニストだけど、フェミニスト集団ではないの」とカミーユは念を押して言った。

 女性アーティストであることには、確かに強みもある。女性しか経験できない出産や中絶などを作品の題材にし表現できること。しかし、女性アーティスト=フェミニストアーティストではないと。
「女性アーティストの新しいイメージを掲げたい。女性アーティストの表現はフェミニストよりだ、というものを、まっさらにした。男性同様、異なる多くのことを作品を通して語ることができる、ということを表現したい」

 彼女たちのアート作品発表の根底には、”芸術はこうあるべき”や”女性アーティストならフェミニストに違いない”といった既存のイメージや一種のステレオタイプを飄々と打ち砕く、現代のダダイズムという精神がある。

the LIVE WILD / thelivewildcollective.com
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Images Via LIVE WILD
Text by Risa Akita

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