シェフとコレクターが望んで止まないナイフ。評判の女鍛冶屋は女体の曲線を思い描きながら刃物を磨く

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人差し指には絆創膏が貼られていた。製作中にナイフで小さな怪我をしてしまったのだという。
チェルシー・ミラーの本職は、鍛冶屋、そしてナイフ職人だ。

彼女のナイフには、「切れ味が」「耐久性が」などの枕詞より、「美しい」「風変わりな」という褒め言葉が添えられる。現に、機能性を求めるシェフたちだけでなく、目の肥えた工芸品コレクターからも評されている。『おもしろいデザイン』だからみんな私の作品を求める。最高峰の機能性を求めているんだったら、インダストリアルデザイナーが設計した製品を買った方がいいわね」。ナイフの女神は、金の斧、銀の斧ではなく、流線型の銀色に光るボディに魚の鱗のようにざらりとしたギザギザつきの不思議なナイフを持って現れた。

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風変わりなハンドメイドナイフをつくる女鍛冶屋

「ちょっと音がうるさくなるかも」。ブルックリンの自宅裏庭にある小さな工房で防音イヤーマフを装着したチェルシーは、砥石が高速回転するグラインダーという機械でナイフを研ぎ磨く。キュインキュインという金属が擦れる音が鼓膜を独占するなか、バチバチの火花を浴びながらナイフを削る。熱くないんだろうか、と心配になるほどだ。

「父が鍛冶屋だったから、昔から蝶番や金属製のフック、鉄柵が散らばる工房で遊んでいた。見よう見まねでものづくりをしてみたり。大人になって帰省したとき、暇を持て余して何気なく工房のものをいじって、ナイフをつくってみた」。バーモント州の農場で育ち、7年前からニューヨークでナイフ職人として生計を立てている。父やハンティングナイフをつくっていた兄(そして、たまにユーチューブの動画)からナイフづくりを学び、自作をフリーマーケットで出品したら「ヘンテコな見た目でおもしろい」「芸術作品のように美しい」と人目をさらった。男社会の鍛治職における女性という珍しさ(そして彼女の美貌)もあいまってか、いま評判のハンドメイドナイフメーカーとなったのだ。自身でもアーティストとも呼ぶナイフ職人のインスタグラムには、フォロワーが2万5,000人いる。

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 シェフ仕様のクッキングナイフで800ドル(約8万7,000円)、一番安価なチーズナイフでも200ドル(約2万1,000円)と決して安くはない。しかし、刃にギザギザがついているその風変わりな様と一丁一丁、丁寧に手でこしらえる工程に、値段以上の価値を見出す人は多い。「シェフナイフの出荷は8ヶ月待ち。これから、あと60本完成させなきゃ…」

「金属は熱くなったり冷たくなったり、気分屋だから」

 魚の鱗のようなギザギザがついた不思議なデザインのナイフ、この「ギザギザ」の謎がわかった。この刃の部分は、馬の装蹄師(馬のひづめに蹄鉄をうつ職業)がひづめを整えるために使用したヤスリを再利用している。つまりギザギザはヤスリの部分で、「唯一私が手を加えてない部分」だそう。サイエンス(機能性)以上にアート(見た目)をナイフに求めるチェルシーは、「装蹄師たちが捨てたヤスリを見て、とても美しいと思った。素材も硬い鋼(はがね)だからナイフに最適。ギザギザはあえて残してみたの。ショウガやレモンの皮をすりおろせるでしょう」。

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 馬小屋で出た“ゴミ”を装蹄師から譲りうけ(「もらったばかりのヤスリには馬の毛なんかがついていたり、馬の匂いだってほんのりする。もちろんきちんと洗浄するけどね」)、直径40センチほどの長方形に切り取る。それをグラインダーで金属部分を削って薄くし、ナイフの形に研磨していく。そのため、馬のひづめに当てられた部分は削げてなくなる。柄の部分には、故郷バーモントやブルックリンの廃材を使用している。

 つくるのが一番難しいのは、一番大きなシェフナイフ。重さもあり、製作するには力も要るからだ。小さくて丸っこいチーズナイフは、チーズをカットし、削り、パンやクラッカーなどに広げることもできる多機能で、刃の鋭いチーズナイフはチョコレートナイフとしても活躍する。「週に5、6本つくれたら、それは“はかどった”週。『注文したナイフはまだ?』と催促の連絡もきたりするけど、そんないきなりナイフがポンと現れるわけではないんだから、辛抱強く…ね」。ゴミを美しいナイフに再生するのは、時間がかかることである。

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 自分で建てたという4軒目の工房で、日中に作業する。「ナイフを“怖い”と思ったことはない。一度だけ刃を足に落として大きな怪我をしちゃって、その直後は工房で作業するのもビクビクしていたけど。危険な素材を取り扱うことで、タフな気持ちになるのがなんか好きでね」

 数秒前まで火花を散らしていた削りたてのナイフを触らせてくれた。「ほら、金属ってこんなに熱くなる」。ヤカンに一瞬手が触れてしまったときのような熱さを感じる。「でもね、これはちょっと前までこんなに冷たかった」と、彼女は削られる前のヤスリの山を指差す。一片のヤスリに手を置くと金属特有のひんやりとした冷たさが伝わってきた。「金属は熱くなったり冷たくなったりするでしょう。気分屋で強い“性格”の持ち主だから関わるのがすごくおもしろい。金属でものづくりをしていると、集中力や硬直する緊張感が自然と体から引き出される」。反対に、柄をつくるため木材を扱うときは、柔軟でソフトな気持ちになる。「ソフトな部分とハードな部分を持ちあわせるから、ナイフづくりが好き」

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機能性と芸術性を与えられた“ナイフという名”の金属片

 ナイフには、チェルシーのナイフのように一丁数万円するものもあれば、特価で数百円で買えるものもある。実際スーパーの数千円のナイフだって、野菜をささっと切るのには事足りる切れ味だ。いいナイフとはどんなナイフか、ナイフメーカーに聞いてみる。

「そうね…。いいナイフはその人の好みによる、というのが正直なところだわ。どんな場所に住んでいるか、どんなナイフに慣れているのか、どんな見た目が好きなのか、どんな調理目的なのか。いずれにしても、きちんと研いで手入れすれば、代々引き継ぐことができるのがいいナイフ。私のナイフはステンレスではないから、水やレモンなどの液体に触れると色も変わるし、黒や茶色の斑点もついていく。使えば使うほどいいナイフになっていくわ」。彼女にとって美しいナイフとは「女性の体みたいに曲線を描く、形に動きのあるナイフ。道具箱に放り込まれていそうな男らしいジャックナイフとは全然違うタイプのよ

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 発想の泉は、米彫刻家アレクサンダー・カルダーだという。金属板と金属棒を使った動く彫刻「モビール」の発案者で、金属をアートの一部にした現代芸術家だ。彼が金属に与えた芸術としての側面、そしてその変幻自在な金属の特性を生かした作品に、チェルシーは共感する。

「たとえばこのテーブル(コツコツと叩く)。これは本来、“一枚の金属”だったけれど、その金属に名前と役割を与え、形と色を付けくわえたら、それはなにか特別なもの(テーブル)として一生残ることになった。カルダーも、金属片を集めて調和をとって並べ立てることで、金属にエネルギーを流した。だからもう金属片はただの金属片には戻れなくなり、新しい機能と表現をもった別のなにかに変化したの

 工房に注がれた昼下がりの太陽に照らされ、窓際に並べてあった完成間近のチェルシーのナイフは、うす青く光っていた。この前まで冷たくなっていた金属片は、もはや金属片には戻ることができなくなった。

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Interview with Chelsea Miller

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Photos by Won Kim
Text by Risa Akita
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine

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