地方の“真の可能性”を探る。若者、攻める移住へ。

昨年3月、バッファロー市のヒップな街、Elmwood Village(エルムウッド・ビレッジ)地区へと移住したBilly(30)とPat(32)。それまでは、マンハッタンのヘルズキッチン地区に住み、順調にキャリアを築いていた二人。「僕らはお互い、マンハッタンで生活するに十分な収入を得られる仕事を手にしていたし、大都市生活も満喫していた」。しかし、30代という人生の節目を迎えたこともあり「今後のライフステージについて考えはじめた。そしたら、ニューヨークで“できること”を考えるのではなくて、自分たちの価値観に合う、郊外の“可能性”を探るほうが楽しくなったんだ」という。シティを離れて、バッファローに移り住んだ現状を、二人に聞いた。

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「ここじゃなくてもいいかも」“中心都市”へのこだわりがなくなったとき

ビリー(以下B):まず、バッファローは本当に住みやすい。僕は、バッファローの大学へ通っていたからこの街に友人もいるし、土地勘もある。卒業時はバッファローで職探しなんて考えられなかったから、すぐにシティに出たけれど、卒業後もそのまま残った友人もいるし、最近は僕のように戻ってきた友人もいるんだ。

パット(以下P):僕にとって、バッファローはまったく馴染みのない新天地だった。けれど、移住前からビリーと一緒に訪れたこともあったし、彼の友人に限らずみんなフレンドリー。それにここは、ニューヨーク市に続く、州内第二都市だから、ニューヨークと同じくらい人々もオープンマインドで、ゲイフレンドリーな街でもあり、暮らしやすい。

B:それにニューヨークに比べたら俄然、家賃が安い。だから、“家(家賃)のために稼がなくては!”という以前のようなプレッシャーは一切なし。収入にこだわらず本当にやりたい仕事を選び、それに特化した働き方もできる。20代の経験を活かして新しいことに挑戦したかった自分にとっては最高の条件だったんだ。

P:僕も、丁度キャリアチェンジを考えていたところだった。いまはフリーとして前職のプロジェクトをリモートで担当しつつ、今後のためにフルタイムの仕事も探し中。だから、移住してからはほとんどビリーの収入だけで生活しているけれど、それはここだから。マンハッタンでは考えられない。

二人が住むのは、ベッドルーム、個室(オフィスルームとして使用)、リビングルームがそれぞれ二つずつある広々とした家。さらに、ニューヨークでは考えられなかった自分たち専用の洗濯乾燥機を置けるスペースも付いて家賃は月1,000ドル(約12万円)。マンハッタンでは狭いワンベッドルームに倍以上の金額を払っていた二人にとって「信じられないくらいリーズナブル」な同物件。それでも、バッファローに住む友人からは「そんなに払ってるの?」との反応を受けているという。

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自分の存在で変わる街 肌で感じる貢献度

観光や出張で訪れるのとは違い、実際に住むとなると、移住先のコミュニティや新たな人間関係に馴染めるかも気になるところ。その点について、二人は「ニューヨーク市に比べれば人が少ない分、一度仲良くなると親密な関係を築きやすい」と話す。一方、「その分、細やかな気遣いが大切」とも。つまり、良くも悪くも覚えられやすく、“目立ちやすい”。それについては、前出のジャーナリストのジョーダンもいっていた。「美味しいパン屋や、サードウェーブのこだわりのコーヒーショップといった、ニューヨークでは“当たり前”で競合だらけの事業も、バッファローではまだ新しいわけで。“オープンさえすれば目立てる”ところはある」

B:あえてバッファローに移住、もしくは、僕のように戻ってきて起業やスタートアップをする人も増えていて、影響を及ぼし合いながら全体のレベルを高めようとする動きが起こりはじめている。競い合うのではなく、互いに知識を共有し、協力し合おうとする相互扶助の精神が培われているんだ。

P:たとえば、地元で人気のレストランが、昨年オープンしたばかりのオーガニックパン屋『BreadHive Cooperative Bakery』や、ローカルコーヒーショップ『Public espresso + coffee』の商品を積極的に仕入れて広めていたり、そのコーヒーショップでも『BreadHive CooperativeBakery』のパンを販売していたり。地元ビジネスの支え合いはそこかしこで感じられる。

B:しかも、両店のオーナーは僕らと同じ30歳前後で、理解し合える部分も多い。だからこそ、彼らのビジネスを応援したくなる。彼らから商品を購入したときに、直に感じられる地元のビジネスに貢献しているという実感が、また心地良かったりするんだ。

P:ニューヨーク市でも、『コミュニティ』というものは存在しているけれど、自分がいてもいなくても同じようにことが進んでいくでしょ?けれど、ここでは、自分が貢献することで、確実に何かが変わる。それは、僕ら若者だけに限らずで、バッファローの黄金期を知っている60歳以上の地元の人々も、地方創生を試みる若手起業家への投資に積極的だというのもよく耳にするよ。

実際、バッファローの若者の人口比率が増えているというデータこそあるものの、「活性化している」といい切るに十分な数字は少ない。街を歩いていても「For Rent」と貼られた商業用の空き物件をあちらこちらで目にする。ジョーダンにも「これらはバッファロー全体をみれば、ほんの一部で起きていることであるのを忘れないで欲しい」と念を押された。「未だ市内の失業率や貧困についての課題は山積みだから」と。

あえて中心都市からバッファローに移住、もしくは大学卒業後にUターンをし、地元でビジネスをはじめる、そんな意識の高い若者が地方創生の切り札となるか。パッと街を見ただけでは、分かりにくいものの、住民たちは「確実に何かが変わりだしている」と口を揃える。それは、みんなの期待が集中している何よりの証拠なのかもしれない。

ニーズと仕事は自分で作る

B&P:「今後の目標は、バッファローに住みながら、マンハッタンにいたときくらいの収入を得られるように、ニーズのある仕事を自分で作っていくこと」

 そのロールモデルとして、よき友人であるビリーの同級生のブランドンと、パートナーのパトリックのクリエイターカップルを紹介してくれた。彼らは、バッファロー大学在学中に広告代理/デザインコンサルティング会社『Block Club Inc』を設立し、現在はバッファロー市内ダウンタウンを中心に、街を彩る新スポットのデザインを多くを手がけている。

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 ニューヨーク市で上を目指そうと我武者らだった20代を過ごし、次のライフステージとしてバッファローを選んだビリーとパット。「時々、シティが恋しくなることはある?」と聞くと、「恋しいのはなかなか会えない現地の友人くらいかな」と、バッファローを気に入っている様子。

「マンハッタンにいたときは、イベントもレストランの数も多すぎて、どれに行くか決めるのが大変だったくらいだけれど、バッファローに来てからは、とってもシンプル。遊びの選択肢も減ったことで、一個のイベントにこんなにワクワクできるんだって、自分たちでも驚いているくらいだよね」と顔を見合わせる。来年には「バッファロー市内にマイホームを買う予定」と、自分たちの人生の駒を進める準備は万端のようだ。生活の“真”の可能性は、住む場所の大胆な選択から見えてくるのかもしれない。
Writer: Chiyo Yamauchi
 

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