路上から世界へ。世界の中心でボールを蹴る奴らはホームレス!

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貧困格差先進国アメリカの「サッカーソーシャルチェンジ」

7月、相変わらずの人の多さでごった返すタイムズスクエアのど真ん中にあったのはサッカーコート。男子の躍進、女子ワールドカップ優勝での余韻が残るニューヨークで、アメリカ最大規模のストリートサッカー大会、タイムズスクエアカップが開催された。1日を通してのべ12万5千人を超える観衆が集まり、アメリカサッカーの成長の加速度を改めて体感した1日となったわけだが、この大会にはあるひとつの特徴がある。それは「集まったプレーヤーがホームレスだった」ということだ。

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サッカーで貧困を救う


 夢中でボールを追いかけコートを走り回る。点が入れば全員が子どものように喜びを爆発させ、ハーフタイムにはプレーを徹底的に振り返り修正点を探す。タイムズスクエアカップの「ホームレスチーム」を追って後日再びナイトゲームにも足を運んだのだが、目に飛びこんできたのは、タイムズスクエアカップ同様、とにかく純粋にサッカーを楽しむ彼らの姿だった。

 この日の開催場所はブルックリン、ダンボ地区からマンハッタンの超高層ビル群を望むサッカーコート。平日だったにも関わらず、夕方から多くのプレーヤーで溢れかえる中、その一角でゲームは行われていた。相手は地元ニューヨークのアマチュアチーム。明らかに「格上」で、お世辞にも互角に戦っているとはいえない。が、とにかく活気で溢れ、指示や檄が飛ぶ。

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 結局、チームは負けてしまい、彼らの表情からは悔しさが滲み出ていた。

 このナイトゲームとタイムズスクエアカップを主催するのは、非営利組織 Street Soccer USA(以下SSUSA)。SSUSAは「スポーツを通して、ディスアドバンテージを抱える若者やホームレスを取り巻く、健康や教育、労働環境を変えること」を理念に、サッカーを通じたプログラムでソーシャルチェンジに挑戦している団体だ。タイムズスクエアカップはディスアドバンテージを抱えるひとたちの社会的認知度を高めるためのイベントでもある。

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ホームレスは「普通じゃない」のか?


 正直にいえば、ナイトゲームに再び足を運んだのは、読む人を刺激するようなホームレスたちの「何か特別なストーリーを聞き出せないか」と期待していたからだ。なぜか。彼らが自分の中で、社会的なマイノリティで「特別な人たち」だったからだ。実際に彼らはホームレス・シェルターと呼ばれる住まいの提供を受け、SSUSAでの雇用や仕事の斡旋、ソーシャルスキルを学び、ホームレスから抜け出すためのサポートを受けている。が、それだけだ。「現ホームレス」「元ホームレス」から「マルチリンガルの会社員」まで、様々なバックグラウンドを持つニューヨーカーがチームには入り混じっていたが、寄付されたスパイクやユニフォームを身に付け、散髪をしてひげを剃って身なりを整えると、一見誰がホームレスで、誰がそうでないのかわからない。

 ニューヨークはホームレス人口がアメリカ国内最大の都市でもある。普段路上で見かけるホームレスに対して、根拠のないステレオタイプがいかに恒常的に自分を覆っていたかに気づく。そして、自分たちに向けられる「凝り固まった視線」をホームレスである彼ら自身も感じていて、それが彼らと社会との距離を遠ざける要因になっているのだ、と。

 世界都市と呼ばれながら、未だ多くの貧困層、貧困地域が存在するニューヨーク。特にブロンクス地区はアメリカでも最も恵まれない地域といわれ、しばしば「砂漠」と揶揄される。格差問題はアメリカ社会に根深く残る病の一つ。

 そしてその社会問題に「サッカー」を武器に取り組んでいるのが、SSUSAを立ちあげたローレンス・カンだ。

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ロールプレイングゲームはしたくない


 ローレンスはある日、地元シャルロッテでホームレスたちが食料の配給を受けているのを見ていた。ボランティア側もホームレス側も、食事を「与える人」と「受け取る人」を淡々と、まるでゲームのロールプレイングゲームかのようにこなす。そんな光景をみて、ローレンスは「そこに何のつながりもない」ことに気づいた。

そんな“ただこなされるロールプレイングゲーム”の代わりに、ローレンスは「サッカーチーム」を作った。はじめは周りのホームレスたちに何かをしたい。ただそれだけだったが、彼の意思は少しづつ広がっていき、現在では全米20都市でプログラムを展開、タイムズスクエアで大規模にイベントを開催するまでになる。

 ローレンスの取り組みに対して賛同するひとばかりではなかったことは想像に容易い。

「最初は誰も信じてくれなかったよ。特に当時アメリカはサッカー不毛の地。タイムズスクエアでホームレスがサッカーやるなんてもってのほか。『サッカーなんか教える前に、彼らに必要なことは仕事や食事を与えることだ』とよくいわれたよ。頭がおかしいのかともね」とローレンスは話す。だがローレンスはいま、誰もが知る企業や行政・団体の支援を受け、自分が信じた活動のために、タイムズスクエアにいる。

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世界最大のコミュニティと繋がるホームレスたち


 なぜサッカーなのか。そう聞いた時ローレンスは「もうわかってるだろ?」とニコッと笑った。

 スポーツからは多くのことを学ぶことができる。このプログラムを必要としている人びとは、何かしらのトラウマを抱えて育っている人が多いという。周囲への信頼やチームワークを育み、感情を表現する、といった誰もが持っているスキルを学んできていない。プログラムはそれらを彼らに伝える意志をもっている。またそういったことに高いお金をかける必要はないとローレンスは考えていて、それならサッカーを使わない手はないのだ。「サッカーはボールさえあればいい」からだ。

 さらに「サッカーコミュニティの一員になるということは、世界で一番大きなソーシャルコミュニティに属しているということ」ともローレンスは話す。ホームレスや貧困層のひとびとは日頃社会から切り離され孤独を感じている。その結果自分自身からも社会を遠ざけてしまう。プログラムによって彼らはサッカーチーム、さらにはグローバルコミュニティの一員になることでひととのつながりについて学び、社会の一部であることを実感する。「サッカーをしているときは、年齢、性別、職業、人種、ホームレスだろうがドラッグ・アルコール依存者だろうがすべて関係ない。それが彼らの人生に大きく作用するんだ」

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誰も知らないワールドカップ


 SSUSAがストリートサッカーの大会を主催するのにはもう一つの目的がある。それは「ホームレスワールドカップ」だ。2003年を皮切りに毎年行われており、この「ホームレスワールドカップ」にアメリカ代表として出場する選手を、毎年カリフォルニアでの大会でSSUSAが選考している。

 路上生活から、タイムズスクエアへ。さらには世界を舞台にサッカーをプレーする。路上で必死に生きている人間には夢のまた夢ほどに遠い。だが、その自分の姿を想像すればするほど、彼らはサッカーというスポーツに没頭する。それは彼らにとって「社会に自身の存在を示す証」となり、ローレンスが話す「社会とのつながり」を実感するための最高の経験と自信にもなる。ホームレスワールドカップは今年9月にアムステルダムで開催される。残念ながら日本チームの出場はないが、華やかなワールドカップの裏にもう一つのワールドカップがあることも知ってほしい。

敵対する兵士を繋ぎ、内戦を終らせたサッカー


 ローレンスはサッカーでアメリカの社会を変えることができると信じている。
 サッカーで世界を救うことはできるのか。かつて第一次世界大戦中ドイツとイギリスが激戦を繰り広げる中、戦闘を止めて両国の兵士が塹壕を飛び越えて、タバコやブランデーを交換し、戦死者を合同で埋葬し、キャロルを歌ったという一日が、たった一度だけあった。クリスマスだったその日、それから兵士たちが夢中になって、一緒にサッカーの試合をしたという。

 それから、コートジボワールの英雄、ディディエ・ドログバは2006年ドイツワールドカップ出場を決めた試合後、カメラをロッカールームに招き入れ、ひざまづき、南北に分断され内戦を続ける母国に、平和と国民の結束を懇願した。その内戦はそれから1週間以内に止まり、翌年停戦協定が結ばれた。そんな話もある。

 サッカーはいま、スポーツにとどまらない存在となっている。たかがサッカーが人の人生すら大きく変えてしまうものにもなり、プレーヤーの数だけストーリーが存在する。サッカーは特定のだれかのものではなく、もちろんそれは社会から疎外されてしまった人びとにとってもそうだ。

 そういったストーリーは、もしかしたら華やかな世界のスタープレーヤーのそれに埋もれてしまうものかもしれない。だが、社会を変え得るサッカーストーリーは確実に身近なところにある。そう感じさせた、世界の中心タイムズスクエアで夢中でボールを追うホームレスたちのストリートサッカーだった。

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Photos & Text by Takuya Wada

 

 

 

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