ありそうでなかった、“ランドリー×カフェ”

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Laundry Meets Cafe

どんどん生まれる新しいアイデアビジネス。中でも今、注目を集めるのは2014年初春、イースト・ビレッジにオープンした「ランドリー×カフェバー」の二毛作ビジネスだ。その名も「The Wash House」。月々の家賃に数千ドル払っても「一家に一台の洗濯機」とはいかないニューヨークのランドリー事情を考えると、なぜ、今までなかったビジネスなのかが不思議。まさに「ありそうでなかった」新顔。その裏側と、若きビジネスオーナーの挑戦に迫る。

なぜ、人気?「+カフェ」のハイブリットビジネス

The Wash Houseが注目を集める理由の一つに、「+カフェ」ビジネスであることがあげられる。家賃の高騰が激しいニューヨークでは、昨今どのビジネスアドバイザーも、「Every square inch of your space should make money(お金を生み出すのに、敷地内の1平方メートルたりとも無駄にはできませんよ)」 と、口を揃える。その改善策に、あまりスペースを要さない“スタンドカフェ”は、うってつけのようだ。自転車屋、洋服屋、床屋などの専門店が、店内にスタンドカフェを併設し二毛作ビジネスを始めるというケースが増えている。

そんな中、ランドリーという誰にとっても必要不可欠な生活習慣とカフェが「ひとつ屋根の下になった!」と、ニューヨーカーたちの間で話題に。それは目新しさというよりも、そのアイデアが、 今までのランドリーに対する“面倒臭い”という概念を180度覆すものだったからだ。

アイデアは日常生活から「なんとか楽しくならないの?」

 ニューヨークはランドリーに関してとことん後進。マシーンのクオリティについても然りだが、何より建物が古く水道管がもろいことから「一家に一台の洗濯機」とはいかないため、いまだ多くの人たちが近所のランドリーに通って洗濯をしている。洗濯機に入れて30分、乾燥機に移して45分と、待ち時間に1時間以上かかる非効率さはもとより、「わざわざ洗濯物と洗剤を担いでランドリーに出かける」という、もはや家事の域を越えたこの“行事”自体が面倒臭い。そんなわけで、溜め込んだ洗濯物を横目に「明日こそランドリーに行かねば」と思いつつ、着れる靴下や下着がなくなるまで洗濯を先延ばす、なんてことは日常茶飯事。ならば、なぜ、今まで誰もニューヨークでランドリーが楽しくなるようなビジネスを始めなかったのだろうか。

「不思議だよね。僕は大学生の頃から、何とかランドリーが楽しくならないものかと考えていたんだ」と話すのは、同店オーナーの一人、Lee Kerzner(リー・カーズナー)。学生当時から、しぶしぶランドリーに行き、洗濯の間、携帯ゲームに没頭したり、パソコンを持参して映画を観たり、本を読んだりといろいろ試してみた。しかし、それでもランドリーに行くという“行事”自体の億劫さを解決するには至らなかったという。「どうせ行かなきゃならないんだったら、カフェとかバーみたいな、思わず行きたくなるような場所だったらいいのになぁ」。この何気ない思いがThe Wash Houseの始まりだった。

利用者の視点に立ってみる  

現在、リーは31歳。共同経営者で妻のベロニカと、10ヶ月になる息子と3人でマンハッタンのダウンタウンで暮らす。The Wash Houseの運営以外にも、数年前に妻や友人たちと立ち上げたファッション・マーケティング会社の経営、また、マンハッタンのリトル・イタリーでカフェも営む、若きビジネスオーナーだ。

1年半ほど前から、カフェ経営のノウハウを活かして、別のビジネスを始めたいと思っていたというリー。「それで、昔思いついたアイデアを、“ランドリー+カフェバー”として実現させようと思ったんだ」まず、「近所にランドリーがない」という、イースト・ビレッジに住む友人のグチからこのエリアに目を付けた。コアターゲットは、数ブロック内に住む人たち。特に、ここ数年で増えたヤング・プロフェッショナル(若手のビジネスパーソンたち)を意識しているという。ちなみに、イースト・ビレッジの月々の家賃は、ランドマークでもある築100年以上のアパート(3〜5階建てのエレベーターなし)でさえ、2,000ドル(約20万円)以上といわれている。それを工面できるヤング・プロフェッショナルたちは仕事に忙しく、それでいて人との出会いにも意欲的。そんな彼らのニーズに、カフェバーというソーシャルスペースの素がフィットするとリーは考えた。

思わぬところに落とし穴

 物件も見つかり、リカーライセンスも取得でき、あとは内装工事のみ。いざ始めてみると、とんでもない問題が発覚した。最新の洗濯機と乾燥機をそれぞれ10台ずつ設置して、カフェバーよりも、ランドリーをメインにした店にする予定だった。だが、ふたを開けてみると「この物件では一度にそんな多くの電力も水も使えない」と、最大でも3台ずつしか置けないことが判明。「こんなことにならないように、何度も家主にビジネスプランを説明して、対応しうる物件かを確認したのに…」

 太い水道管に取り替えるという手段もあったが、コストも時間もかかり過ぎる。「かといって、もう交わしてしまったリースを解約するわけにもいかないし…」と、困窮していたところ、リーとベロニカはあることに気づいた。「家賃に数千ドルも払うことができて、かつ忙しい人たちなら、セルフサービスのコインランドリーよりドロップオフサービスの方が断然ニーズがあるのでは」

コインランドリーをやるのには、洗濯機と乾燥機が3台ずつでは少な過ぎるが、ドロップオフ限定なら、これだけあれば十分いける。「よし、これでいこう!」と、ランドリーとカフェバーという軸は変えず、メインをランドリーからカフェバーにスイッチ。「洗濯もやってくれるカフェバー」として開業することとなった。

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価値あるライフスタイルを提案

「ランドリー×カフェバー」の後者の部分は、すでに経験があったが、問題は前者。ランドリーは近所に一つあれば十分で、用事さえ済ませることができれば満足がいく場所。だからこそ、他のランドリーまたはデリバリーサービスを利用している人たちをどう呼び込むかが課題だった。

その解決策として、リーとベロニカは他店にはない最新の洗濯機と乾燥機を設置し、スタイリッシュで居心地の良い空間を設けた。「流行に敏感な人たちを惹きつける強みになると思った」と話す。スタイリッシュさとアンティーク感がほどよくミックスされた店内でエスプレッソを片手にバリスタとの会話をカウンター越しに楽しむ人、ラップトップを開いて仕事をしている人など、カフェらしい時間が流れている。そこへ時折、洗濯物を入れた大きな袋を持った人たちが「ソイラテを一つと、コレ(洗濯物)よろしく!」などとやってくる。

システムは明解。バリスタが、その場で袋を秤にのせ、重さを確認し会計。料金は、1ポンド(約450グラム)あたり1ドル。洗濯が終わリ次第、メールで連絡を受け取るという流れだ。混んでいなければその日のうちに仕上げてくれる。

開業して以来、リーとベロニカは、コアターゲットの多くが「忙しくても、お手伝いを雇うより、自分の身の回りのことはできる限り自分でやりたい」という意識をもっていることが理解できたと話す。「朝、出勤途中にコーヒーを買うついでに洗濯物をドロップオフして、その日の帰りや週末に取りにこれるのは、とても効率的」という利用者の声も多く、早くも近隣住民たちから共感を得ているようだ。

「何にでも言えることだけど、ランドリーだってやっつけ仕事でするよりも、楽しくして、あわよくばそこから活力を得られたらいいよね」と、リーとベロニカ。明朗快活な二人らしいその言葉は、理想とするライフスタイルそのものをあらわしているのだろう。自由でいて、上質。それを体現するように佇むThe Wash Houseは、今までのニューヨーカーのランドリーの概念を覆し、新たな価値を生み出していきそうだ。

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Issue 16 掲載

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