「アーティストにとって、“発掘されること”がキャリアへの重要なステップ。でも、アート界にはまだまだ多くの障壁があって…特に“若手”、作品を売ることは難しいです」。例に漏れず自身も“発掘されたい若手”の一人だった、とあるアーティストが昨年末、ある意味で世界初のネットオークションハウスを設立した。なにが世界初って、競りにかけられる作品には卒業制作も含まれ、すべてが「無名の若手によって作られたもの」なのだ。
“若手専門”のネットオークション、AucArt
アート界で“才能の有無”についてを語るとすれば最適な出口は決められない。ただし、“才能がある”ということにできるのは、その才能を後押しする誰かの目に止まることが手っ取り早い。となれば、人の目に触れることがもっとも必要不可欠のステップであるが、その最初のステップこそ若手にとっては高すぎる一段だ。「頭を抱えるアーティストの卵たちに、平等な機会を与えるべきだと思ったんです」とは、前述の世界初の“若手・無名のオークションハウス”を創設したナターシャ・アーセラン。彼女自身、前述の“元・発掘されたかった若手”アーティストだという。
ナターシャ・アーセラン(Natasha Arselan)/photo by Andree Martis
ロンドン発、ネットオークションハウスの名は「AucArt(オークアート)」。ここで出品できるのは無名の若手のみ。その定義は「美術大学、大学院の最終年度生もしくは卒業して3年未満であること」。お抱えのキュレーターチームが、定期的に英国内トップのアートスクールや卒展に足を運びスカウト。お眼鏡にかなった作品たちは1日に1つずつ出品され、7日間の競りにかけられる。
一方、バイヤーは入札しての競り落としのほか、競り売りされているアートピース以外にも、月ごとに更新されるカタログから直接購入(固定の価格)というのも可能。作品はアーティストらのスタジオからバイヤーに直接配送されるため仲介人を通す必要がなく、余計な間接費が削減でき「アーティストは売上げの70パーセントを受け取ります」。ローンチから3ヶ月。アーティスト、バイヤーともに登録者数はうなぎのぼりらしい。
HEAPS(以下、H):ナターシャも元・発掘されたかった若手の一人とのこと。自身の苦い経験から、オークアートのアイデアが生まれた?
Natasha Arselan(以下、N):ええ。シアタースクールでパフォーマンス・ミュージカルを勉強していたの。でも卒業後は、自信が持てなくて。あと、資金不足で制作活動に困ってた友人との出来事が大きいかな。当時、彼は卒業制作の資金集めをしていて、私もスタジオに出向いて彼の作品を買うことにしたんだけど、作品自体が本当にすばらしかった。資金を集めることができた彼は制作に打ち込んで、めきめきと精度をあげていった。アートに携わる身として、とても喜ばしいことだと思ったわ。「すばらしい若手の作品を見つける・買う」、それから、あなたの購入によって制作を続けられるアーティストが成長していくのを見ていくというすばらしい経験と喜びを、もっと共有したいと思ったの。
H:若手の作品を集めるギャラリーではなく、オークションにしたのは?
N: 可能な限り多くのユーザーにアプローチしたかった。世界中の人にリーチできるでしょ? あとは、オークションルームで感じる競り落としに参加する興奮を再現したかった。これによって、より多くの潜在的な買い手に訴えることができます。
H:秒数でのカウントダウン、ドキドキします。「手に入れた!」という感覚は一味違いそうですね。出品条件が「美術大学・大学院の最終年度生もしくは卒業して3年未満」なのは?
N:アーティストキャリアの中で最も脆弱な時期だからです。資金面やネットワーク面、一番サポートを必要とするときなの。特に最初の一年こそ勝負です。実際に、すばらしい成績をおさめていた学生でも、卒業からたったの一年後には制作活動をやめてしまっている人が多くいるんです。とても残念なことですよね。なので、私たちは現代アートをしっかり学んで一定レベルに達し、真剣にキャリアをスタートさせたい若手に焦点を置いています。
IGTUFACNFDINM15857, 2018-£3,300 by AIDAN WALLACE
The Nipple Act 7, 2017-£440 by Camila Gonzalez Corea
“Understsnding Pleasure”, 2017-£540 by Gordon
One about how if you leave fruit out the ants will get it, 2017-£1,020 by NETTLE GRELLIER
H:あのぅ、私、卒展事情に疎いもので…スカウトって、よくあるんでしょうか?
N:もちろん!
H:じゃあ、卒展後、スカウトされなかった作品の行き場は…
N:販売されることもあるし、そうじゃなかったらスタジオやストレージに戻されるか、家に持ち帰ったりするわね。
H:作品の値段を決めるのは誰が?
N:アーティスト本人。大体数万円~数十万円、高くても90万円くらいかしら。必要に応じて、こちらが交渉する場合もあるけどね。
H:ローンチから三ヶ月。登録者数はうなぎのぼりと聞きました。
N:おかげさまで!登録してくれたアーティストは2,000人以上。バイヤーはそれをうわまわる2,500人以上に増えています。
Fracture, 2016-£720 by LUCY ARCHER
Sliding High, 2017-£3,300 by RHIANNON REBECCA SALISBURY
Untitled, 2016-£840 by FRED BOYLE
H:おぉ、バイヤーの方が多い!
N:そうなの。年齢層は20代半ばから60年代後半で、世界中から競りに参加してくれているわ。私たちのオークションがバイヤーが作品を購入する理由って、もちろんアートが好きだからっていうのが大前提。でも同時に、若手アーティストの未来に投資しているっていう意味合いも大きい。
H:従来のオークションハウスとオークアートの、決定的な違いを教えてください。
N:透明性ですね。すべての価格はネット上で公表するし、落札者へ追加料金も請求しません(バイヤー・プレミアム)。そしてなにより、作品の売上の大部分をアーティスト自身が受け取るということ。それから、先ほどバイヤーの年齢層の幅について触れましたが、駆け出しのコレクターにパトロンから経験あるパトロンまで、それからパトロンでもなく一般の人で純粋にアートが好きな人まで参加できること。をアートが好きな人のために広く開きます。
H:無名アーティストの作品を売るって、一筋縄ではいかないかと。ズバリ、売るための戦略とかはあるんでしょうか?
N:だから楽しいんじゃない!! 戦略という程でもないけど、毎週新作をメールで通知したり、サイトやプレス記事で特集したり。アーティスト自身が自分でサイトで
H:学生の卒業制作や駆け出しのアーティストの作品を買うことって、現代アート界の将来にどう影響すると思います?
N:ポテンシャルのあるアーティストの作品を買える機会が“目利き”やプロだけのものでなく、多くの人に広がること。
これまでだと、“価値が出るかもしれないアート作品”がわからずに手を出すことができなかった人にも、購入の機会が広く行き渡ります。そして、ギャラリーが世に出す作品数の何倍もを人の目に触れさせることができる。私はこれを、アート市場の民主化の初期ステージだと確信しています。
Interview with Natasha Arselan, AucArt
I was born a mermaid, 2017-£900 by FELINE MINNE
————
Photos via AucArt
Text by Yu Takamichi
Content Direction & Edit: HEAPS Magazine