外でたくないけど、楽しいことしたい。 「前向きに引き込もりたい」女の子が創りだしたのは、 バーチャルに“触れる”装置
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極彩色の鳥が飛んできて、手先に停まると、その鳥の重みを感じることができる。こちらがぴくりと腕を動かすと、飛び立つ鳥の、こちらの手先を蹴る力を感じることができる。

これはすべて、「バーチャル」な体験だ。
“無限の手”という名前のデバイス「UnlimitedHand(アンリミテッド・ハンド)」を手に巻くだけで、バーチャルなはずの映像に触れたり、感じることができるものにしてくれる。


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その発明家、「めんどくさがり」だった

 バーチャルを見て楽しむだけのものにしない。バーチャルなはずのものに触れたり、感じることができ、限りなく「現実にそこにいる」と近いバーチャル体験を作る。

 この壮大な未来の実現をリードしているのが、若きロボット工学者の玉城絵美(たまき えみ)だ。過去にはタイム誌の「世界の発明50」に選ばれ、「UnlimitedHand」はアメリカのクラウドファンディング、KickStarter(キックスターター)で20時間で目標額を調達するなど、国内外で注目され続けている。未来のノーベル賞候補と書くメディアもある。

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 その彼女の“偉業”の原点は意外にも「病室でほとんどを過ごした10代」にあった。「大変だったでしょう」というこちらのコメントに対して、「いえ、当時はむしろラッキーだと思ってました。めんどくさがりなので」とあっけらかんと語る。

病室で、みんなと同じ体験をしたい!

 とにかく室内で過ごすことが多かった10代。高校の大半は入院して過ごし、大学に入学してからも、病室から同じ敷地内の大学に通い、また病室に戻るという生活だった。

「入院生活はラクで、友だちも向こうから会いに来てくれるし、ずっと寝ていられるし、ラッキー!ずっとここにいよう!と思っていたくらいでした。ただ、外に出られないことが苦痛で。上海に家族旅行に行く予定があったのですが、パスポートまでとったのに、入院でだめになっちゃったんです」

 結局、自分を除いた家族で旅行に行ってもらったが、自分だけ同じ体験ができない。そんな「もどかしい気持ち」が想像を膨らませるきっかけになった。
「病室にいながら、家族とも旅行にいければいいのに、と思いました。写真を見たりあとで話を聞くだけでなく、触ったり感じたり、五感で体験できればいいのに、と」

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 自分の代わりにロボットが旅行にいき、病室にいる自分に感覚を伝える。それだけでなく、おもしろそうな物が見えたら手を動かして触り、家族ともまるでそこにいるかのようにコミュニケーションをとることができる。そうすれば、それは「一緒に体験した」ことになるのでは。そんな発想はどんどん膨らんでいった。

「単に外での体験を受け身で楽しむのではなく、インタラクションができることが重要だと思いました。こちらからも何か影響を及ぼすことができて、さらにその反応を実感できたらいいな、と」
 

「めんどくさい」こそ、工学の鍵!?

 大学在学中に治療に成功することができ、入院生活は終わった。けれど、自由に出かけられるようになって気づいたのは、自分の中にある矛盾する感情だった。

「入院していた反動で、人並みにいろんな経験もしたいという気持ちも強かった。でも、やっぱり家にいたいと思ってしまう。たぶん、心底めんどくさがりなんです」

 友人に誘われたイベントや、飲み会。行ってしまえば楽しいのはわかっているが、どうにも腰が重い。行かずとも友人と楽しい時間を過ごすことができたら、それが一番いい。待ちきれなかったはずの旅行が、いざ支度をする段階になっためんどうに感じられた、という経験はだれにでもあるだろう。
 しかし、一見、新しいものを生み出すこととは相反する、このめんどくさいという感情こそが工学の分野では大切だという。

「トーマス・エジソンも、仕事にしていた『踏切を開けるためにボタンを押す作業』がめんどくさくて自動化したのが発明家になるきっかけでした。
みんながめんどくさいと思うことから、技術は生まれていたりするので、この『めんどくさい』という感覚は、工学の分野では大切にした方がいいんです」

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 玉城にとって、最もめんどくさいのは「外出すること」。

「出かけるのは嫌だけれど、経験することに興味がないわけではない。つまり、前向きにひきこもりたい、ということなのかもしれません。外に行かなくても、部屋の中にいながら全世界を楽しめる。そうなったら最高ですよね」

 テクノロジーの進歩のおかげで、確かに、私たちが家にいながら体験できることはどんどん豊かになっている。映画館でしか味わえなかった迫力のある映像だったり、ライブ会場の高揚感がそのまま伝わるような音楽体験だったり、遠くの国の路地裏を画面上で探索できたり。
 いずれは家にひきこもったままでも、人生を豊かにしていくことは可能になるのだろうか?

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「他人任せ」が実現のための近道?

 ひきこもりながら、遠くの人やロボットと五感を共有して、多くのことを経験することができる、夢のような装置。
「入院していた頃は、そういうモノがもう売っていないかと調べていたのですが、なくって。だから作ろうと思って、まずはロボットの研究をしていました」
 しかし、ロボット工学の分野はすでに研究がだいぶ進んでおり、必要な部分は製品化もされつつあった。玉城は、すでに学会発表もしていたが「ならばいつかコラボレーションさせてもらおう」とあっさりと方向を変え、夢の装置に必要だけれどまだあまり手がつけられていないと感じた分野を探して進むことにした。

「五感の研究も、それぞれ専門の方がいました。でも、ロボットが感じたことや、あるいは他人が感じたことをコンピューターを媒介にして共有する、という研究はまだされていませんでした」

 それは、Human Computer Interaction、HCIと呼ばれる、人とコンピューターとの関係を考える分野。つまり、ヒトの仕組みを理解するための生物学の知識と、コンピューターやデバイスを作るための工学的な知識の両方が必要だ。
 一方で、研究だけに専念するのではなく、「株式会社H2L」を起ちあげ、研究を製品化した。理由は、「フィードバックがたくさん欲しかったから」。

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「研究所でこちらが準備した実験や調査では、せいぜい使ってもらえるのは100名程度。でも、製品化すればたくさんの人が、長い時間、さまざまな環境下で使ってフィードバックをくれます」
 それからもうひとつ、夢の装置の実現に結びつく深い理由がある。自分たちの研究が製品として世の中に登場し、もし話題を作ることができれば、競合他社や関連製品がたくさん出てくる。そうなればいい、と玉城は考えている。

「市場が盛り上がることによって、テクノロジーの進化はどんどん加速します。五感すべてが体験できる装置の実現も、そう遠いことではなくなるはずです」
 あえて悪い言い方をしてしまえば、“めんどくさがり”ゆえの他人任せ。けれど、そのもくろみどおり、H2Lの活動は業界全体を刺激することに成功している。
「UnlimitedHand」の披露の場となったのは、昨年サンフランシスコで開かれた世界最大級のスタートアップイベント「Tech Crunch Disrupt 2015」だった。直後に開始した「KickStarter」での1日足らずでの目標額の調達とともに、ニュースになった。

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孤独じゃない、バーチャルリアリティ

 2016年はバーチャル・リアリティ元年といわれている。けれど、ひとりずつゴーグルのようなヘッドセットをつけ、こちらが知らない世界に反応している姿には、どうしても「孤独な体験」という印象がつきまとう。

「最終的には、『体験をシェアする』装置ができればと思います。自分が旅して感じたことを、離れている人に伝えて、一緒に楽しむことができる。あるいは、自分の体がうまく使えないときに、他人の体をちょこっと借りて何か一緒にすることができる」
 家族と一緒に体験したかった、というきっかけ。そして、“めんどくさがり”ゆえの他人任せ。だからこそか、玉城の描く未来像からは、人と人とが協力し、繋がるバーチャル・リアリティの姿が、自然に見えてくる。

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「UnlimitedHand」普及のため、取材の前日までアメリカ出張に行っていたという玉城。「アメリカまで行けたのなら、上海なんてすぐそこじゃないですか」と話を振ってみると、
「上海は、いつか絶対バーチャルで行ってみせると決めています。アメリカも、いつかはバーチャルで済むようになるといいのですが…」

“前向きにひきこもる未来”を目指す彼女の活躍は、まだしばらく続きそうだ。

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Photos by Munehiro Hoashi
Tet by Azausa Hatanaka

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