True Love / Talk No.12 最終回「True Love」

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Issue 16 – True Love / Talk No.12 最終回「True Love」

TALK N°.12 最終回「True Love」

この街でありとあらゆる男と恋愛をして、「闘って」きて、
今振り返って導き出した答えがある。このクレイジーな街に生きる私たちにとって、
「誰と」恋愛するかが鍵を握るのではなく、
自分が「どう」恋愛するのかが、大切なのかもしれない。

結局、愛を見つけたかったら自分自身を信じるしかない。

 咲かない花の芽を植えて、愛を注げばそれが花咲くと信じてる心優しい男、前戯中にあなたを抱きかかえようとして踏ん張れずに、あなたの上に落下してくるバカ。ミステリアスな雰囲気で一見素敵だけど、セックスをしたいがためにジェームズ・ボンドが持っているようなキャリーケースを常に持ち歩くご苦労さまな男。あなたに極上のシャンペンを注いでくれる色黒で魅惑のドクターだけど、昏睡状態の患者とセックスをしたいという願望があって、あなたにコットンパンツを履かせて寝たふりを要求する特殊な性癖を持つ男。女のご要望とあらばセックス中に「犬のように吠えて」みせる男、自慢のアレにアクセサリーをつけた男。これまで登場してきた男たちを含め、とにかくあらゆるタイプの男がこの街にはいる。そして、私には、この男たちのことを伝える義務があると思ってきた。

 このコラムがあなたを楽しませていたら嬉しいし、もし時々、教えのように役立つことがあったとしたら何より。そして、この世に存在するすべてのシングル女子に「あなたの気持ちがわかる」と伝えたい。同時に、31歳にもなるシングル男子諸君には、「なぜそんなことをするのかわからない」と言いたい。

 このコラムは、私自身のために書いている、観察日記のようなものかもしれない。狂気的な恋愛や、潔いほどにみだらな恋愛、そういったこれまでの日々を書き起こし、読み、自分に問う。「一体私は、どこで間違えたのか」って。それから、「こんなことは二度としない」と、改めて誓う。これを繰り返しているうちに、いつしか「愛」についての疑問に、答えられるようになった気がしている。ニューヨークのシングル女子たちが、絶対に向き合いたくないだろうが、いつかは直面しなくてはならない「この街のせい?男たちのせい?それとも、私自身のせい?」という疑問に、真っ向から向き合おうと思う。

 真っ向から向き合うことは、このコラムを書くにあたって、私が決意したこと。みんな、楽しんでくれただろうか。センチメンタルな思いを抱える人たちに、「あなただけじゃない」って、伝えられただろうか。そして、最も重要である答えを、私は見つけたのだろうか。真実の愛とは何かという答えを、この目まぐるしい街で。

 ニューヨーカーほど苦しみ、そして成功している人々のいる街は他にない。そして、ここでは「人生の質」を決める「愛」のようなものが狂気的に質を問わずにどんどん生まれ、そのためにイライラが溢れている。「デート」も同じで、「私何してるんだろう」という疑問しか残さないようなものばかりだ。

 愛は育くむものだから、そのための努力はつきものでリスクだってある。過去の恋愛の痛手から、もう傷つきたくないと躊躇することだってある。でもひとたび、リスクを取ってでも、信頼して委ねたいと思える人に出会えば、人はまた愛してしまう。過去の自分とは違う自分が、まったく別の人間と付き合うのだから、結局言ってしまえば、前の恋愛から学んだことなんてあんまり役に立たない。

 何よりも難しいのは、相手に向き合うことではなくて、自分自身と向き合うこと。

1.「一体自分が何を求めているのか。安定?快楽?お金?それとも情熱?」
2.「どうしてそれを求めているのか」
3.「それが実際に手に入ると思うか」

 思い込みというものは、なかなか変えづらく、物事を複雑にしていく。私たちは変化を嫌いがちだが、変化なくしては現状を保つのは難しい。努力する動機と、自分がその動機を正直に認めているときこそ、仕事でだって成功しやすいもの。

 理想の世界が崩れたとき、自分自身を嘲り、どこで間違えたのかと途方に暮れる。予測できないことが多々起こり、今負っているリスクが将来何をもたらすのかが分からないこの世界で、私ができるアドバイスはただ一つ。「自分自身を認め、正直に生きること」だ。

 これは決まり文句だと思う。どこにいっても聞く台詞だけれど、でも一体どれだけの人がこのありきたりのアドバイスに従って生きているだろう。そして、このアドバイスが自分にとって何を意味するのか、じっくりと考える時間はある?単なる情熱や欲望についてではないし、あなたの頭の中の論理的な判断とは正反対かもしれない。どちらの道を「選ばないべきか」ということでもない。ただ、自分自身に正直になるとはどいういうことか、と考えるのだ。

 もし純粋に誰かとセックスしたいのなら、潔くセックスを楽しむべき。相手にも自分にも正直になって、最高のセックスを存分に味わったらいいのだ。もし誰かに困惑させられているのなら、困惑した自分を正直に出せばいい。ただし、いくつかの選択肢は残しておくのがいいと思う。馬鹿正直に行動して、ただ誰かを悲しませただけという、最悪の結果になっては、どうしようもないから。そして、情熱や冒険があなたを満たすのなら、妥協しないで自分の一番心地よいバランスを見つけるべき。

 自分のうちにある葛藤が、結局一番、恋愛を難しく苦しいものにするのかもしれない。このコラムを書くにあたって、自分自身の話を過去からかき集め、そして自分を取り巻く人たちの恋愛を書いてみて、そう実感した。

 そして、もう一つ。愛は、必ず存在すると信じている。もっと厳密に言うと、これは、「私が私自身を信じている」ということ。このコラムでシェアしてきた、人間味に溢れている実体験の数々。それがあなたを笑わせ、話のネタになったり、少し考えるきっかけになったり、インスパイアするものであったなら、本当に嬉しい。あなた自身が恋人として、友人として、人間としてどうありたいかと考えるヒントになったのなら。

 最後に私から一つだけ。あなたが、自分に正直に突き進んでいけば、いつか必ず信実の愛を見つけるはず。もしくは、自分は真実の愛を既に見つけていたのだと、気づくと信じている。

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