“彼”との深夜デート。虚構に教わるリアル
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あなたの恋人は、ちゃんと“生身”なのだろうか。その“愛の言葉”は、本物だろうか。

可愛いあの娘の胸元に 辿々しく伸びる無機質な手。そんな”彼”に優しく寄り添う彼女。フォトグラファーCary Fagan (キャリー・ファガン)が描くのは、ただのカップルポートレートではない。

マネキン×生身の女性の、恋愛写真だ。

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「僕自身のことを知りたい?何とも言えないよ。だって、いまだに模索中なんだ」

 マネキンと生身の女性のカップルポーレイト作品「REAL(リアル)」のフォトグラファー、キャリー・ファガンに、僕がメールで送った質問は本当に単純だったはず。
「あなたについて、教えてください。幼少期とか、学生時代とか」

 返ってきた返答は、曖昧だらけで彼自身のことはよくわからなかった。「同プロジェクト『REAL』から繋がる、次のプロジェクトは?」と聞けば「明日のことはわからないよ」とくる程。
 が、「過去」についてはちょっとだけましで、学生時代はサッカーが好きだった、アートというものには一切興味がなかった、と断言。学生時代の美術クラスは「全滅だったよ」。

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 そのアートゼロ少年がカメラに傾倒した理由は「言葉を介さずに、コミュニケーションが楽になるから」。
「言葉」という、好きなだけ嘘を忍ばせられるものや、確信の無いものを信頼していないと感じさせるメールのやり取りを通しての、キャリーの返答。だから、写真をツールにしたのも頷ける。写真は嘘をつかない(加工前は、だけれど)。

 彼が昨年発表したシリーズ「Real」では、『マネキン』(1987)や 『ラースと、その彼女』(2007) や『her 世界でひとつの彼女』(2013)を想起させるようなイメージがならぶ。マネキンと愛を育む人間の姿。

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 一つ違うのは、彼の作品では「男性」がマネキンであること。これについても聞いてみるが、返答は「仮に、マネキンの女性×生身の男性のプロジェクトだったとしても、おんなじこと聞くでしょ?なんで女性がマネキンなのか、って」。

「リアリティなんてみんなの認識にすぎないよ。結局は自分が目に当たりにするものに対してだけ、何かしらの感想や感情を持つ。リアル(現実)ですら、見たものが“真実か”どうかもわからないが、現実なら、“目の前”でまさにその瞬間に、しぐさや雰囲気を受け取ることができる。ネットの世界では言葉でも写真でもなんでも発言前に、ポスト前に、『コントロールする時間がある』。

それを目の当たりにして、それに対して恋をしているってどう思う?

 オンライン上にある“リアル”はあなたが作り上げたもの。オンライン上でのあなたはあなたによって操作されたもので、あなたであって、あなたではない。相手も然り。結局、どんなにコントロールされていても、僕らは『目の当たりにしたもの』に対してのみ惹かれるんだ。見ていないものには何にも感じようが無い。知らないから。だから、コントロールが常に作動しているところから生み出されるのは、“空虚”でしかない」

 というキャリーなのだが、実は自身もオンラインで友情から恋愛関係まで多くの関係を築いてきたという。

「いい思い出のものももちろんあるよ。でも、結局はただただ無意味な甘い言葉の繰り返しなんだ。無限の空虚をどうにか埋めようとしているだけ」

 その空虚をわかっていてさえ“恋愛”をする人も多い。先を考えずに、その“時”必要だから、なんてものも多い。だから、「恋人関係みたいなものは、これからもっと軽々しいものになるよね」。

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 取材を通してたった一つだけ彼が「事象」以外で明確に返した答えは、「近しい友人」というもの。人生で一番大切なものは、という質問だった。
 “虚構”に対してとても敏感で、だから肌触りをもって確信するものしか信じないキャリーによる「REAL」は、虚構に対する恐れと“警笛”を表現した。それは紛れもない、現代に忍び寄るほころびだ。

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 虚無なのは、なにも恋人たちだけじゃない。現実にありながら、取り憑かれたかのようにスマホの画面に没入するその姿も、まさに”マネキン”そのものだ。誰かのインスタグラムをどれだけ見つめても、その人のことが何一つ“ちゃんと”わかるわけじゃない。写真を撮ってるときに演技しないことはないし、ナチュラルな写真ですらナチュラルを演じているわけだし。(わかっているけどケーキとかマカロンのタイムラインに、つい「ゆるふわ系」だと信じこむ僕)

 今や、ソーシャルネットワークは異なる世界へのエントランスとなっている。遥か彼方、距離という隔たりをも超え、人の生活を覗き見ることができる。あたかも自分がそこにいるかのような二次体験だって可能だ。ただし、どうしても拭えない“虚構”があることは忘れたくない。

 たとえばSNSで炎上して飛んでくる罵倒も、“あなた演じるあなた”に対してなのだから、生身のあなたはさほど傷つきもしない。発言を消してしまえばいいだけ。
 ただし、歯の浮くような愛の言葉も、“あなた演じるあなた”に対して、であることをお忘れなく。そして、その言葉も“誰か演じる誰か”から、だ。
 地球の裏側にいるあの子とも”繋がる”ことができる現代。だけど、インターネットという“分厚い化けの皮”に隔てられたその子との距離は、画面に向かっている限り、たぶん永遠に縮まらなそうだ。

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Photos by Cary Fagan
Text by HEAPS, Editorial Assistant: Shimpei Nakagawa

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