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  • Dec 14, 2015
大人たちを無邪気にする料理は、「セララバアド」で。
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料理に正解はない。それでも、正しいことはなにかを考えずにいられない

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「魔術師」「童話」「実験室」「遊び心」。レビューサイトには料理とはかけ離れたキーワードが並ぶ。
「モダンガストロノミーを気軽に」。そんなフレーズで紹介されるのが、今年はじめ東京・代々木上原にオープンしたレストラン「セララバアド」だ。おいしいだけじゃない。「ワクワクの止まらない」料理を提供するのだが、一体どうやって生み出してきたのか。オーナーの橋本宏一氏に話を聞いた。

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ドライアイスの霧と、旅する豚

 ようやく予約をとって参加したディナーコースで出されたのは、食べ物というより「アイデアのかたまり」だった。ガラスの器に作られた小さな庭にはドライアイスの霧がたちこめている。言われるがまま、苔を模した物体をつまんで口に入れると、フルーツとナッツの味と香りだけを鮮やかに残して、あっという間に消えた。別の料理では、落ち葉が敷き詰められたガラスケースの上で、小さな豚がトリュフを探す旅をしている。
 そして、見た目を裏切る食感。くわえて演出にこちらは驚き、友人とテーブル越しに目を合わせてはしゃがずにはいられなかった。コースの間の店内は、ざわめきと大人たちの無邪気な気配で満ちている。
 モダンガストロノミー、分子料理、イノベーティブ…どう呼べばいいのかわからないが、科学を取り入れた料理は、東京でも人気のスタイルらしい。

きっかけは雑誌『ブルータス』。「人をワクワクさせる料理」に出会う

「セララバアドはなにかすごく新しいことをやっているわけではありません」。オーナーの橋本は、しかしそう言い切った。映画にもなったスペインの伝説的なレストラン「エル・ブリ」と「世界のベスト・レストラン50」で1位を4回も獲得した「noma」の両方を経験している。その華やかな経歴のきっかけとなったのは、意外にもたまたま手にした雑誌『ブルータス』だった。

「調理師の仕事がおもしろくなかったわけではないんですが、ちょうど何をやったら良いのかよくわからなくなっていた時期でした。本屋で手に取った雑誌に、エル・ブリのコースが全品載っていたんです」。食べ方、調理法、スタイル、そのすべてが衝撃的だった。
 たとえば、さまざまな食材をムース状にする「エスプーマ」という調理手法や、人造イクラの技術を使ったフルーツのキャビア。その他、いくつもの新しい調理法を生み出したというエル・ブリ。それらは、単に新しい料理を生み出しただけでなく、料理そのものの体験を拡げることに繋がっていた。

「料理は基本的に、ずっと受け継がれてきた伝統的な技法の積み重ねや改良を極めていくことが多いですが、エル・ブリは新しい切り口や価値を見つけて、こういう切り口があったんだ、と思わせる。そこに心惹かれました。仕事でこんな風にワクワクドキドキできたら、と」

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口約束「今夜飲むから、言っておいてやるよ」の実現

「スペインに行きたい!」「エル・ブリに入りたい!」と思ったものの、年間数千の応募が来るレストランの厨房に、簡単には入れなかった。募集期間中の応募はもちろん、スペイン語に訳してもらった手紙を持って、エル・ブリのオーナーのフェラン氏の講習会に参加したこともある。それでも返事がもらえないまま、スペインに発ったのは「見切り発車」だった。
 
 語学学校に通った後、他のレストランで働きながら機会を待っていた橋本をエル・ブリのオーナーに紹介してくれたのは、スペイン料理界のドン、マルティン・ベラサテギ氏。研修生に対しても面倒見のよかった彼は、顔を合わせる度に「エル・ブリに行きたい」と言い続けた橋本のことを、気にとめてくれていた。
「うるさいやつだな、とも思っていたのでしょうが、ある日『今日、フェランと飲むから言っておいてやるよ』と。そうは言っても、二人とも酔っ払ってしまったら覚えていないのでは…と気が気ではありませんでした」と当時を振り返る。

 晴れてエル・ブリで働き出したのは、2004年。常に新しさを生み出し続けている職場で学んだのは、調理法だけではなく働き方や料理への哲学、考え方だった。

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「あのレストランに着ていく服がない」 敷居の高さをとっぱらう

 帰国後、国内のモダンガストロノミーのレストランで働きながら、試作をくり返して少しずつ自分の料理を作った。エル・ブリのように1年の半分を開発に専念するわけには行かなかったが、新しいテクニックを生み出したいという気持ちは強かった。一方で、新しいものを作りだすことの難しさも身にしみている。

「エル・ブリは、イノベーションへの高速道路を見つけてしまったようなところがあると思います。開発のためのマップを作り、チームで取り組んで新しいテクニックを見つけ、素材の組み合わせでさらに幅を拡げていく。彼らのような、料理の新しい流れを作ることができるテクニックを見つけるのは、もう難しいと考えてしまうこともあります。新しいことばかりやりたい気持ちは、もちろん自分の中の志としてあります。でも、そればかりに固執すると何もできないまま何年も過ぎてしまうので」

 一方で、新しいテクニックを追求することとは別の思いも橋本にはわき上がっていた。
「仕事柄いろんなレストランに行きますが、もしこの仕事してなかったら自分はそんなに高いところ食べに行かないな、って思っていて」

「敷居が高い店だと、男性は『着ていく服がないな』とか思ったり。女性はおしゃれを楽しんでくれるのですが、男性は『恥ずかしい思いをしたら嫌』とか色々考えてしまう」
 この言葉に共感する人は多いだろう。晴れの日のために予約したレストランで、高まる期待と裏腹の、緊張や不安。多くの人にとって覚えのある気持ちだが。

「僕、もともとそんなにいい家の出身じゃないので、そう思って」。控えめにつけ足されるその言葉が、これまでのモダンガストロノミーという分野がいかに敷居が高く、料理通のためのエクスクルーシブなものだったかを伺わせる。
「お店を開くとしたら、テクニックをカジュアルにおとしたレストランにしたいとずっと思っていました。料理にフォーカスしてもらうことも大事ですが、場として純粋に『楽しかったな』って思って帰ってもらいたい。楽しさの中に、モダンガストロノミーだからこそ演出できる驚きやワクワクを感じてもらいたい」

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大人がひととき、自分の感覚に素直でいられる空間

 オープンにあたってのキーワードのひとつは「自然の風景」。nomaに研修に行ったのは自然の情景を表現した料理をしたいと思ったからだという。
「もともと自分が自然が好きだったということもあるのですが、科学を前面に出しすぎると、食べる側の気持ちとして、体に良いのか悪いのか、と考えてしまうこともあると思うので。日本人らしい、自然の情景やちょっとしたストーリーを表現できれば」と話す。

 内装は、緑が多い北欧風にした。店のつくりは、料理にフォーカスするカウンター式ではなく、一緒に食べる人の顔が見えるテーブル席がメイン。「モダンガストロノミーの分野では数万円が当たり前」が多い中、コースの価格を1万円以下に抑えた。
「グルメな人だけしか来ない、というわけではなく、そうでない人にも素直に楽しんでもらいたい。こういう料理の楽しみをここで知ってもらうのがコンセプトです」との思いがあるからだ。

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 料理は、作品としての完成度やデザイン性を高めるよりも、伝わりやすさを優先。
「抽象的でおしゃれな盛りつけにしすぎると、伝わりづらくなります。お客さんが料理にフォーカスして、どういう意味があるかと考えこんでしまったり、感覚を研ぎ澄ませて食べなければいけなくなったり。セララバアドでは、まずわかりやすくして、緊張感を削ぐ」 そのねらい通り、コースが進む中で味わったのは、言葉で説明するのがちょっと野暮に思えるような、直感的な感情。目で見て楽しく、ちょっとした驚きのあとに食べることの実感が素直に身体に入ってくる。

 もちろん、カジュアルさや伝わりやすさを前に出したことで、あきらめた部分もある。
「料理に100点はありません。100点がない中で、料理人はみんなそれに近いものを出そうと頑張っているのだと思います」という表情は、清々しかった。

小さなセララバアドの物語から、 店の名前にこめたテーマ

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「セララバアド」という店名は宮澤賢治の作品からもらった。小学生の時に読んだ偉人伝の最後についていた短い小説の中のセリフは、ずっと記憶に残っていた 。
「鳥が空を飛ぶように、人がその本質でなさずにいられないことは何か」。先生のその問いに、子どもたちが様々な答えを返す。生徒のひとりだった小さなセララバアドの答えは「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います」というものだった。
 料理でほんとうにいいこと、正しいことは何か考えるっていう、そういうのも隠されたテーマとしてあります 、と。なにか答えは見つかりましたか、と聞くと「まだ手探りなので…」と返ってきた。

 その問いに、敬愛するエル・ブリのかつてのオーナー、フェラン氏はどう考えたと思うかを聞くと、初めて会った講習会で彼が話していた「Honesty」という単語が心に残っていると言う。日本語にすると「正直でいること」もしくは「誠実さ」か。
「料理だけでなく、仕事すべてに対してそう言っていたのかもしれません。新しい何かをつくるのも、お皿洗いや掃除をするのも、根底にあるのは『Honesty』だと」

 生まれつきもともとそうなのか、フェラン氏の言葉がそうさせたのか。橋本自身から受ける印象も、穏やかで、職人肌で実直そのもの。いくら褒めても謙虚な姿勢を崩さないが、唯一、地元関西のなまりで得意げに語られたのが、この言葉だった。

「うち、良いお客さん多いですよ」。

 お客が良いのか、それともみんな毒気を抜かれて良いお客になってしまうのか。東京の小さなレストランは、今夜も無邪気な大人たちの歓声で満ちている。

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*コースのメニューはシーズンごとに変更されます。今回紹介されたのは、2015年秋のコースです。

Celaravird(セララバアド) celaravird.com

Photographer: Kohichi Ogasahara
Writer: Azusa Hatanaka edited by HEAPS

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