実世界を彩るハイテク標識。

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デジタルテクノロジーが世界を変えた、といわれて久しい。果たしてそうなのか。わたしたちの生活は確かに大きく変わったが、変わらない世界がある。わたしたちがデジタルに“かまけている”だけで、変わらずにある世界が、ずっとある。その世界に、再び人々が目を向けるよう、先端技術を駆使してプロダクトを生み出すクリエイター集団がいる。ブルックリン、ダンボに拠点を構えるクリエイティブエージェンシー「BREAKFAST(ブレックファスト)」を訪れた。

今、求められるデジタルテバイスの挑戦! プロダクトは「TOY」。発想のエンジンは「遊び心」

 天井が高い。大きな窓から燦々と光が差し込むビルの一室が、クリエイティブ集団BREAKFASTのオフィスであり、ラボでもある。木工と鉄工、両方の道具をそろえ、彼らはここで、アイデアをカタチにする。ソフトだけではなく、ハードウェアをもつくり出すことができるのが、彼らの最大の武器だ。進行中のプロジェクトに目を見開いていると、共同創設者でチーフ・クリエイティブ・オフィサーのAndrew Zolty(アンドリュー・ゾルティ)が、「これはまだ、秘密だからね」と、人差し指を立てていう。

「TOY」。彼は、自らがつくり出したプロダクトを「おもちゃ」という。発想のエンジンは「遊び心」。ゾルティは同社を立ち上げる前、10年間、ウェブデザイナーとして生きてきた。ネット社会の“ソフト”ともいえるウェブをつくってきた彼は、ネットの壁を超えたかった。世界の人々をつなげるデジタル技術は無限の可能性を連想させるが、ゾルティは違った。「僕が知りたかったのは、その技術が、どう、僕らが生きる現実の世界で役に立つのかだった」

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デジタル技術を逆手にとって、アナログ世界を彩る

ゾルティのそのビジョンを体現したプロダクトに、今夏、彼らが公開したデバイス「Points」がある。一見、道路にある標識だ。しかしこの標識、置かれた場所の三方に何があるか、そしてそこで何が行われているか、FoursquareやTwitterを通して、随時情報がアップデートされる「ハイテク標識」。使用者と標識される場所を“つなげる”、最先端のデバイスだ。「スマートフォンで目的地を検索したら、そこからそこまでの世界だけ。

スマートフォンというデバイスは僕らの世界を広げてくれたようで、実はものすごく狭い視野しか提供してくれない。でもその同じ技術を、少し視点を変えて利用するだけで、僕らは世界を“Re-Discovery(再発見)”できる」。利便性と効率の良さを優先して、わたしたちが失ってしまったこと。行き先までの道のりで気づく街の動き、道草するからこその発見、見上げることで認識できる景色と空——そうしたデジタル回路の外側の世界を、「Points」は再認識させてくれる。標識を見上げることで、標識が指す方向を見ることで、わたしたちは世界を、もう一度しっかり、意識することができる。

「たとえば、Pointsが指す方向に一軒のバーがあって、そこのバーテンダーが、客がこなくてひまをしていたとする。そんなとき、PointsにSNSを通して送ることができるんだ、『これから20分の間、カクテル1杯、無料にします』とかね」デジタル技術は、バーチャルな世界のみでなく、現実の世界でも即時的に貢献できる。ゾルティとチームは知っている。だからこそ、すでにあるデジタル技術を駆使し、現実世界=アナログ世界が輝くようなデバイスをつくり出してきた。

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システムやあり方も、一度デザインすれば「大変」なことはない

 会社に属してキャリアを築いてきた人間が独立するにはワケがある。ゾルティには、「組織に属していると、規模が大きければ大きいほど、誰にでも『YES』といわなければならないカルチャー(職場環境)がある」という自覚があった。その“気づき”は、彼の実行力の導火線に火をつけた。
「普通は顧客がいるからビジネスをスタートするんだろうね。でも僕らは違った。自分たちがつくりたいものをつくりはじめた。ほかができないこと、やっていないことをやれば、『いずれ顧客はつく』っていうヨミがあったんだ」。不安や困難を感じることはなかったという。なぜなら、「ほかではつくっていない、自分たちがつくりたいものをつくる」という同じビジョンを持った者と手弁当で起業し、会社としてのあり方を築いてきたからだ。

「じっと座ってあれこれ考えていたら、不安に喰われてしまうだろうね。でも僕らはそうじゃなかった。『つくる』ことに没頭することで、常に学びがあることを知っている。何が自分たちに足りないのか。ビジネスモデルを築くには、どうすればいいのか。僕らのワークスタイルを維持するためには、いい顧客が10社あればいい。だけど今、4年経ってようやく、いろんな企業が僕らがつくってきたプロダクトに興味を持ちはじめてくれている。誰と組んでプロダクトを世に送り出すのか。僕はこれから『交渉術』を磨かなきゃならない」。この日の取材でも、先客がいた。投資家だったのだろうか。パートナーにはプロダクトの意味をしっかり理解してほしい。BREAKFASTで生まれたプロダクトは、単なるテクノロジーの産物ではない。意義の詰まった「TOY」を、簡単に安売りはしない。その強さと覚悟が、彼らにはある。

「ハードをつくれる強み」少人数精鋭部隊のワークスタイル

BREAKFASTのメンバーは、ゾルティーを含め、現在8人。アイデアをカタチにする少人数精鋭部隊のクリエイティビティの高さは広告業界誌「Adweek」でも取り上げられ、彼らはインディペンデント系クリエイティブエージェンシーとして不動の地位を築いたともいえる。Small Team(小さなチーム)の利点について、「意思決定が早く行えること」と即答するゾルティ。会社名にも「速攻」の意味がある。アイデアをカタチにする上で、スピードも問われる昨今。「いったもの勝ち」ではなく、実際にカタチにしなければ意味のない競争社会で、ゾルティ率いるメンバーはハードウェアをつくることの大切さを知っていた。

「ソフトとハード、それぞれに強い2社でプロジェクトを行うビジネスモデルじゃなくてもいいんだ。両方一緒にできるならすればいい」。メンバーのほとんどがデザイン畑で「カタチにすることのプロ」集団。自分たちでデバイス部分もつくれれば…という「向上心」は、背中を押されるのを待っていただけで、動き出したら早かった。「僕自身、びっくりした。5年前に機械いじりをはじめたとき、『そういや子どものころ、いろいろ解体するの好きだったな』って思い出したりしてね」。あるものを一度バラバラにして再構築することで見えてくる、新しい「可能性」。それに気づいてしまったら、いてもたってもいられないのだろう。チームの「早くカタチにしたい」というビジョンを共有できる、エンジニアリングに強いデザイナーも集まって、今のドリームチームがある。

「僕らが注目されるきっかけになったプロダクトは、『Instaprint』といい、恐ろしく早くカタチになったものばかりだ。アイデアのコンセプトがしっかりしてるから、すぐカタチになれるんだろうね」

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「未来の顧客」がつくプロダクトを、誰よりも早く

現在、チームのワークスタイルは、メンテナンス業務は別として、一つのプロジェクト集中型。期間は6ヶ月間で、チーム全員で「カタチにすること」を目指してひた走る。半年ごとに次のプロジェクトや進め方、会社のあり方を話す機会を設けており、それこそが自分たちの強みだとしている。Pointsにいたっては、顧客のいないプロジェクトだ。「2ヶ月会社をしめて、プロトタイプの設計に集中した。こんなことができるのも、僕らが小さなチームだからだよ」と笑うゾルティ。謙遜ではない。いずれ顧客がつくデバイスをつくる。その勝算があるからこそ、彼らはBREAKFASTスタイルのものづくりができるのだ。

「バランスよく、デジタルやデザインの技術があり、それをパブリック(公的な場)に生かすビジョンを持っているか」がメンバーに共通した資質で、あとはそれぞれが、自分の専門分野で実力を発揮している。「大きな組織になると、こだわりを通しづらくなり何にでも『YES』といってしまうようになる。小さなチームだと、ビジョンを確かめ合うことも正し合うこともできる」。ビジネスモデルとして「チームは10人以下を保つ」と宣言しているゾルティにとって、そうあるために「交渉」できるデバイスがそろってきたのも強みだ。ハードウェアもつくってきたからこそ、BREAKFASTには売る先を「選ぶ」権利がある。本当の意味で「インターアクト」できるデジタル技術を追い求め、アイデアを見い出し、カタチにしてきたBREAKFAST。デジタル技術に踊らされずに、遊び心をもってそれを上手に使い、日常に生かす。日常をもっと楽しいものにするためのデバイスとの上手な付き合い方を、彼らは教えてくれる。BREAKFASTは次に、どんなアイデアを「TOY」にしてくれるのだろうか。

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掲載 Issue 21

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