都会人の眠った野性をおちょくる。覆面中年男二人の突き抜けた“奔放”ミュージック
地下鉄の一角、たるんだ腹を揺らして好き放題に演奏をかます大きな男二人組に出くわし、「やられた」と思った。「ビール飲みたいけど、まだ仕事残ってるし…」と自制だらけの金曜、彼らの奔放さによってあっけなく解放されてしまったのだ。
二人とも覆面をしている。公式のミュージシャンのプラカードではなく、段ボールの切れ端に「CHANGO」とバンド名をかいて無造作に置いているのを見ると、どうやら違法演奏らしい。ニューヨークでは、MTA(ニューヨーク市都市交通局)に公認され、指定のプラカードを与えられたミュージシャンのみ、合法でアンプスピーカー等で拡張しての演奏が許されている。
しかし、その日は黄色にキラキラの青とやたら派手な覆面。「違法演奏なのにそんなんじゃ余計目立ってヤバいんじゃ…」と思えば、本人たちは「この覆面いけてるだろ?俺の兄貴がメキシコで有名なプロレスラーでさ!」と、あっけらかんとした様子。NYPDが注意しにくれば素直に覆面を外し「ははは、また怒られた」と無邪気に笑うので、NYPDも「もっと音小さくしてくれよ」と軽い注意だけをして、CHANGOの肩を親しみを込めて小突いて去っていった。
CHANGOは、スペイン語でいう「野性の猿」の意。耳にした人々が「CHANGO」のように、理性などおかまいなし、服を破りさって身体を揺らし思うがまま“快楽トリップ”する音楽をやりたい。そう意味を込めたという。地下鉄で最も奔放、本能的に音楽を楽しむ地下鉄ミュージシャンだ。
https://www.youtube.com/watch?v=KA3MoZojDGs&feature=youtu.be
「Bull shit(くそくらえ)」
まだ何も聞いていないのにメキシコ訛りの英語でそういいながら、がはは、と大きく笑うのは、Javier Barquet(ハビア・バークイット)、二人組の片方。腹がやたらとでかい方だ。毎日欠かさずビールを飲んでいるらしい。
「ここで曲作ってんだ」と招いてくれたのは、彼の自宅。エメラルドグリーンの壁に落書き、ステッカー、ぼろぼろのソファに転がったビールの缶。インテリジェンスなどという言葉は塵も存在しない部屋だ。とことん奔放。ハビアの鋭い目と、野獣のように大口をあけてぶわりと煙を吐き出す姿は洗練都市には時代遅れ。それでいて目を奪われる野性が漂う。
遅れること1時間、「悪いな」と取材だというのにビール12缶抱えてやってきたのは、Tony Bojorquez(トニー・ボホルケス)、ドラム担当の男。これまた大男だ。二人ともメキシコ出身。生来音楽をやってきて、この「表現の街」に観光がてら4年前に初めて来た。それでニューヨーク(特に地下鉄)の虜になった、と。すぐに移り住んだ。地下鉄で演奏するようになった経緯を聞くと、「この部屋のソファでビール飲みながら、音楽の話をしていて。盛り上がってとりあえずバンドしようぜって」、次の日にはもう地下鉄にいた。アンプの代わりに車のバッテリーをかついで。
「地下鉄ならノルマもない。圧倒的な自由がある。やりたい音楽で、それを好きなやつが好きに踊るのさ。最も純粋に楽しめるステージだろ、やる方も聴く方も」と二人。自分たちの音楽に、人が“偶然”出会い、戸惑いながらもいつの間にか踊っているのを見るのが、たまらなく面白いらしい。
「おんなじ演奏は二度とできねえよな」と、曲のベースはあるものの毎回アドリブ。今はクラブやライブハウスでの演奏も行うので、もちろんきちんと作曲はしているという。ただし、これも演奏は気の向くままに。
ただやりたいからやる。突き抜けて自由奔放、思うまま大きな身体を揺らす二人の中年男。地下鉄で思わぬ音楽に巻き込まれた人々は、心地よく野性をおちょくられて、身体を揺らしはじめる。
Video by Shuhei Hayashi
Photos by Kohei Kawashima
Text by Tetora Poe