電磁波フリー。携帯、WiFi一切禁止。近代国家、最後のユートピア Green Bank

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電磁波フリーの町、そこから聞こえてきたのは、未来に生きる者への「警告」だった。
携帯もWI-FIも「禁止」されている最も静かな空間 Green Bank へ。

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「地球上には、もう逃げ場がなくなってきている」

 と訴える。一体、彼らは何から逃げているのか?

 電磁波はカラダに良くない」。それが真実か否か、また、信じるか信じないかはさておき、電磁波の危険性については、誰もが一度は耳にしたことがあることだろう。近年「電磁波フリーの町」として注目を集める米国ウェスト・バージニア州の小さな町Green Bank(グリーン・バンク)。この空間では、携帯電話やWi-Fi、ブルートゥースなどの一切の使用が州法で禁じられている。そのため、近代国家では存在しなくなったはずの暮らしがここにはある。

 これは、まったくのどかな風景にそびえ立つ真っ白な巨大な物体に起因する。この町の象徴と誇りである、米国立電波天文台が所有する世界一巨大な可動式電波望遠鏡だ。感度の良さでは他に類を見ない代物に、世界中から使用予約が殺到している。この望遠鏡の感度の邪魔にならないよう、電波の規制がかけられているのだ。

 3万4,000平方キロメートルに及ぶその「電波規制地区」の住人が利用できる通信機器は、固定電話と有線インターネットのみ。電子レンジやテレビのリモコンをはじめとする電磁波の強い家電製品の使用にも制限がかかる。この一切の静寂の空間は、近年、ある種の人間たちにとって唯一のユートピアとなっている。

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スマホの呼び出し音が一切聞こえない、「東京×15」の巨大エリア

 グリーン・バンクは、人口約150人、白人カトリック教徒が多い長閑な町だ。高校は一校のみ存在し、卒業後、ほとんどの若者は町を出る。「ここいても、仕事はない」と住民たち。60歳以上のリタイア組が目立つ。1958年に電波規制地区とされてから町の発展はない。

「いうなれば、ここは今でも1960年代。人によっては50年代ともいう。良くも悪くも時が止まっている感じだ」。そう話すのは、昨年7月にネブラスカ州から移住してきたチャールズ・メクナ(54)。「ほら」と痙攣する手を見せる。脳腫瘍が原因だそうだ。「これでもこの町にきてから頭痛もなくなって、かなり良くなったんだ」

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チャールズ・メクナ、愛犬と。

 近年、チャールズのように他州から移り住む者が増えている。EHSこと「Electrical Hypersensitivity Symptoms(電磁波過敏症)」を患う人々だ。その症状は様々。彼らは電磁波により、頭痛や吐き気、耳鳴り、痙攣、ときに皮膚を焼かれるような痛みなどの症状に苦しんできたと話す。いや、話すというより「訴える」の方が正しいのかもしれない。

 米国では電磁波過敏症は疾患として認められていない。そのため、周囲の理解をなかなか得られず、医師に話しても「原因は電磁波ではなく、ストレスだ」「食生活を改善すべき」「感情的になりすぎていないか」など、論点を“すり替え”られる度に苦しい思いをしてきた。
 その思いを語るとき、彼らの口調には熱がこもる。グリーン・バンクへの移住後、身体的な痛みから解放されただけでなく、気持ちを分かち合える仲間に出会えたこと、そして、未来への不安を素直に言葉にできる喜びを噛み締めているように見えた。

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元“車中暮らし”から、“森で一人暮らし”

「電磁波のせいで体調を崩し、“普通”の生活ができなくなった人の中には、とにかくワイアレステクノロジーに嫌悪感を抱き、使用者に強くあたる人もいるわ。けれど、私たち皆が反テクノロジーというわけではないのよ」。11年に移住してきたジェニファー・ウッドだ。

 町の図書館で出会ったとき、彼女は意外にもパソコンの前に座っていた。「旦那の親戚がネパールにいるの。地震後の安否が心配で」と、ニュース画面を覗き込む。その日はネパールで二度目の地震があった翌日だった。パソコン画面を目を細めながら覗き込む。彼女の顔は、目の周りを中心に赤みがでていた。思わず「大丈夫ですか?」と声をかけた。すると、「ここのインターネットは有線LANだから、今日みたいな体調の良い日は1時間くらいなら大丈夫よ」と笑顔で答えてくれた。

 もともとは建築士として世界中を飛び回っていた彼女。今の住まいはグリーン・バンクの森の中にある。「もしよかったら」と、自作の木造タイニーハウスへ招待してくれた。「この小屋を建てるまでは、ここまで車を走らせて、車中で生活をしていたの」と明かす。電気も水道も引かずに一人暮らし。夜は月の灯りが眩しいほどに、あたりは真っ暗になるという。

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実際の彼女の家。

 彼女は独身ではない。ネパール人男性と幸せな結婚をし、二人の子宝に恵まれた後、電磁波過敏症を患った。現在、ボストンに住む旦那と息子には、「一緒に暮らそう。こんなところで、もし倒れても誰も気づけないではないか…」と、何度も説得されたという。
だが、「ボストンは5日が限界。嘔吐と頭痛で立ち上がれなくなってしまって…」とうつむく。「同じ国にいるのに、一緒にいたくてもいられない」とこぼすその心痛は計り知れない。

のどかな風景に潜む、拭いがたい確執

 移住民にとって、灯りは蝋燭が当たり前でも、以前からの住民は蛍光灯を使用している。それは売店やレストランでも同じだ。だが、移住者の中には「不快だから、蛍光灯を使わないで!」などと要求し反感を買っている者もいるという。一方で、昔から住む人の中には、こっそり自宅に高速無線LANを引くという違法行為に手を染める者が後を絶たないとも。

 一見すると、平和そのものの光景が広がるグリーン・バンク。だが、住民の声に耳を傾けると、電磁波をめぐり、昔からの住民と移住者との間に生じる不調和が見えてくる。そんな様子を静かに見つめるグリーン・バンク70年選手のアーニー・スチュワートは「一人でもルールを無視しだしたらそれは止まらない。One rotten apple spoils a hundred.( 一つの腐ったリンゴが百を腐らせる)」と違法行為に苦言を呈する。小さなエリアだからなおさらだろう。

 彼のように昔からこの地に住む“長老”たちは、電磁波フリーという環境ではなく、その環境を創り出す要因となった町のシンボル「巨大な電波望遠鏡」に誇りを持つ。「可動式としては世界最大だからね」と話すアーニーの得意顔が印象的だった。

 だが、ここ数年、望遠鏡の運営費を出資する全米科学財団が、財政削減のために望遠鏡の稼働停止を検討していると聞く。稼動停止になれば、無線LANの使用が解禁される可能性は大きい。
 長年の住民たちは、「あの望遠鏡は100人近い従業員と研究者を支えているんだ。無くなるなんて考えられない」と、町のシンボルの終息に不安を募らせる。一方で、町の若者たちは、我々の持つワイアレステクノロジーへ憧れを募らせる。そして、移住者たちは、電磁波フリーの「生きる場所」を失うことへの危機感を募らせる。
 この小さな町には三者三様の想いが交錯する。現在、望遠鏡の稼動継続のためのファンディングが進行中で、今年中には何らかの結論がでるといわれている。

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アーニー。

「もしも私が100年前に生まれたら、何も問題は無かった」

「グリーン・バンクは、“物好き”を魅了している場所だと思っている人も多いでしょう。Wikipediaにだって、『電磁波過敏症だと“Believe(思いこんでいる)”人たちが、ここに住みはじめている』と記載されているものね…」とジェニファー。

 望遠鏡の稼動継続が決まれば、電磁波フリーの環境がなくなることはないだろう。だが、移住者たちが、それだけで心穏やかでいられるかといえば、そうではない。
 ジェニファーは電磁波に関する執筆活動を行っているという。モチベーションの源にあるのは、「未来に生きる人たちに、目に見えない電磁波が人体へ及ぼす危険性を知って欲しい」という思いだ。
「私たちは、人々の恐怖心を煽りたいわけではないの。ただ、電磁波が原因でこんな風に健康を損なった人々がいると知って欲しいだけ。こうなる“可能性がある”ということについて、人々には知る権利があるはずだから」

 彼女は、いつか各州に一つ、EHSの人々や“現代の当たり前”に馴染めない人が平和に暮らせるスポットができることを願っている。

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“地球最後”の逃げ場

 正直、グリーン・バンクは「携帯もWi-Fiの使用も違法」「電磁波フリー」と聞いたとき、電磁波過敏症の人だけでなく、デジタル環境から距離をおき「デジタルデトックス(解毒)」を試みるロハス志向、またはヒッピー志向の人々をも惹き付け、新たなブームの震源地になるではないかと心のどこかで期待していた。いま思うと非常に恥ずかしい。

 ここは、国土の広いアメリカ中、どこにでもあるような田舎町だ。過疎化が進む、注目などとは無縁の町。ただ、他と違うのは、法律で電磁波が規制されていたこと。それが突如、とてつもなく「ユニークな空間」として知られるようになったのは、電磁波過敏症の移住者たちの声が外部に届いたからだろう。

「どんなに人里離れた田舎でも、電磁波の痛みから逃れることはできなかった」という彼ら。法的に守られている「地球最後の救いの場所」という表現は、決して大袈裟だとは思わない。世界中に無線LANが張り巡らされ、いつでもどこでもインターネットにアクセス出来る日はすぐそこまできているのであれば、なおさら、だろう。

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Photos byKohei Kawashima
Text by Chiyo yamauchi, Edited by HEAPS

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