扉の奥には11人もいた!
「お金はなくても夢はある。だからニューヨークで生活をしたい」。そんな人々を、ある意味“支えている”のがイリーガルアパートメント(法律的にNGな物件)だったりする。いままで「不法労働移民の住処」というイメージが強かったが、ここで紹介するのは、俗に“ヒップスター”といわれる身なりをした、比較的容姿にも恵まれた20〜30代の米国人フリーターのケースだ。とあるブルックリンの古着屋。その奥の隠し扉の向こう側で生活していたのは、男女11人の若者たち。「贅沢はいわないから、寝床が欲しい」。そんな彼らの生活を支えるD.I.Y.イリーガルアパートメントの実態を見た。
時給10ドルのカフェ店員、可愛い容姿とは裏腹にその生活っぷりは…
筆者がその場所を知ったのは、近所の行きつけのカフェで働くバリスタの青年「Jay(ジェイ、仮名)」との会話がきっかけだった。その日も、いつも通りコーヒーを買いに行くと、「やっと家が見つかった!」と嬉しそうにいってきた。可愛い顔にヒゲを生やした23歳の彼はミュージシャン。3ヶ月のペルー旅行から帰ってきたばかりで、貯金も使い果たし、安いアパートを探していた。「なかなか見つからない」とぼやいていたところ、友人がその(イリーガル)アパートメントを紹介してくれたという。興味深々に話を聞いていると、「遊びにおいでよ!」と誘ってくれた。それをいいことにホイホイついていった結果、彼のキュートな容姿からは想像もつかぬ、ハードコアな生活を垣間見てしまうことに。
住民のみが知る、古着屋の奥にある隠し扉の秘密
ブルックリンの住宅街にひっそりと佇む8畳程の小さな古着屋。店の前では数人の若者が煙草を吸いながら、世間話に花を咲かせている。服や靴、バッグが雑多に並ぶ店内では、店主兼アパートのオーナーである長髪の男性が、革ミシンでバッグを縫っていた。我々の気配に気づくと、“Yo”と一言。そのままジェイは、突きあたりにある背の高い棚へと直進し、迷わず棚に並ぶ一冊の青い本に指をひっかけた。
「カチャ…」という乾いた音が壁の向こうに響く。と同時に、“棚”とみせかけた隠し扉は、キーッと音をたてながらゆっくりと開いた。 “Welcome to my place!”(ようこそ、僕の家へ!)どうやらこの隠し扉が、奥に住む11人にとっての「玄関」ということらしい。
掘建て小屋?家の中に、10個の手作りの個室
洞窟のような薄暗い物置きを奥へ奥へと軽快な足取りで進む彼。距離にしてたった十歩ほどではあったが、奥に広がる生活空間にたどりつくまでがやけに長く感じた。アパートの雰囲気を一言でいうなら、「バックパッカーが発展途上国で泊まる安宿」といったところか。バストイレとキッチン、リビングは共有。そして、木材でつぎはぎした手作り感満載の10室の個室がある。どれもダブルサイズのベッド一床がぴったり収まるサイズで、その様子はまさに寝るためだけの“掘っ建て小屋”である。そして狭さはもちろん、彼の荷物の少なさにも驚いた。もう4年もニューヨークに住んでいるというのに、衣類と書物、小物を合わせてもスーツケース一個で収まる量しかない。
問題は狭さより、冬の寒さをどう乗り切るか…
深刻なのはやはり狭さよりも寒さだ。イリーガルなだけに、ニューヨークの物件では一般的なセントラルヒーティングという暖房機能はない。一応、各部屋に一個ずつ電気ヒーターが与えられており、個室内にいる限り凍えることはない。が、一歩共有スペースへ出たときの底冷えといったらない。淹れてもらったお茶もあっという間に冷たくなった。にもかかわらず、住民たちは、冷たいコンクリートの床の上を靴下一枚でペタペタと歩きまわる。「体感温度というのは、人それぞれ」と痛感した。そんな強靭な彼らも唯一不満をこぼすのが「シャワー」。一応、お湯は出るのだが、問題はその構造で、業務用の深さのあるシンクを想像していただくと分かりやすい。彼らはその中に足 を突っ込み、頭上に設置された「水圧の弱いシャワー」を浴びるのである。しかも、キッチンの 向かいにあり、寒いわ、プライバシーもへったくれもないわで、その有様は「極限まで浴びたくないシャワー」と呼ぶに相応しい。
家賃3万は安いのか、否か…
一方、そのほかの共有スペースは思いのほか綺麗だったので、どうしているのかを聞いてみたところ「11人全員で掃除当番を回している」と、壁に貼ってある当番表を見せてくれた。彼曰く「みんなフレンドリーでいい人」らしく、適度な気遣いでいい雰囲気が保たれているのだという。その証拠に「外出中も、みんな個室の鍵は開けっ放し」なのだそう。 さて、気になるのは家賃。「月300ドル(約3万6,000円)。光熱費、Wi-Fi代全部込みだから悪くないだろ?」と彼の無邪気な笑顔に、思わず「そ、そうだね!」と返してしまったが、実際のところ、どうなのだろう。 Illustrations by Sako Hirano
Writer: Chiyo Yamauchi
先日再びカフェに行くと、家にまつわる新しい話をしてくれた。筆者が訪ねた翌日の深夜1時、誰かが電気コンロを使いながら、電気ポットでお湯を沸かしたせいでブレーカーが落ちてしまったという。その 結果、マイナス15度の極寒の中、全員ヒーターなしで凍えながら朝を待ったそうだ。「ブレーカーは隣の家にあるから、深夜に訪ねることもできないし、どうすることもできなかったんだ。だから、隣の個室の“ハウスメイト”と毛布を重ね合わせて眠ったよ」と、随分パンチのある話をしてくれつつも、いまのところ引っ越す予定は「ない」という。その日もシフトを終えると「今日も地下鉄の駅で歌ってくる!」とギターを担ぎ、爽やかな笑顔で去っていた。
好きなことができて、できるだけヘルシーで美味しいモノが食べれて、時々、肌の合う仲間とハングアウトできれば十分。お金は「それを実現できるだけ稼げればいい」。そんな生き方を「甘い。忍耐力が足りない」と、揶揄する人もいるだろう。だが、「本当に欲しいもの。それさえあれば、しあわせ」という彼らの言葉に、悲壮感はない。「僕らは我慢するために生まれてきたんじゃないから」と、「いま」を謳歌する。そんな姿を見たからだろうか。彼らの生活は、質素というより、シンプルという言葉がよく似合う。