表情力でブロードウェイを湧かすパフォーマー

パフォーマー / Haruki Kiyama

踊りのサラブレッド、一人遊びが生んだ“表情力”でブロードウェイを湧かす

「僕ね、自分のことダンサーではなく、“ガンサー”っていってるんですよ」一瞬何をいっているのか分からず、取材陣はきょとんとしてしまった。すると、「顔で踊るのが大好きなんです」。しめたといわんばかりに、顔をくしゃくしゃにして子どものように笑った。かと思えば、眉間に力を入れ、片方の眉をぎゅっとあげて演技について熱く語る。彼の顔は人の10倍よく動く。丘山晴己(きやまはるき)30歳。次々に違った表情を見せるのに、ぶれない軸がある。昨年、舞台芸術の最高峰ブロードウェイ・ミュージカルのマジックショー『The Illusionist(ザ・イリュージョニスト)』のダンサーに抜擢された。変幻自在な“表情力”を武器に、ニューヨークで活動するパフォーマーだ。

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踊りのDNAを受け継ぐサラブレッド

“Haruki, you’ve got an offer to be on Broadway show. (はるき、ブロードウェイ・ミュージカルのオファーだ)”

 合格を知らせる電話だった。その瞬間、丘山晴己は人目もはばからず、買い物をしていた店の中で号泣していた。合格通知を受けるのは珍しいことではない。だが一つ、いつもと違ったのは、それがブロードウェイ・プロダクションからのオファーであったこと。世界中から集まったあまたの才能の中から選ばれ、初めて勝ち取った一枚の切符だった。

 この結果を一番に知らせたのは「最も尊敬している」という両親。そして、「そういえるようになったのは、今自分が両親と同じ道に進んでいるから」とも。父は日本舞踊家、母は松山バレエ団の元バレリーナ。彼女の影響でバレエをはじめたが、「幼心にタイツを履くのがどうしても嫌だったんです」。そんな時、父の「チャンバラやるか」の一言に釣られて日舞の世界へ。「親子だから」という甘えなど一切ない環境で、礼節とけじめを叩き込まれた。「父から空気を読めといわれたのが5歳のとき。そのおかげですごく周りに気を遣う子どもになりました」と、少し肩をすぼめ冗談めかして話す。しかし、それは間違いなく彼の大きな資質になった。誰も置いてけぼりにしないよう言葉を選び、表情を使い分ける丘山のやさしさは周囲の人々を巻き込む。

究極の一人遊び

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 幼少期、友達は多かったが、自分一人の世界に浸るのが大好きだった。特に両親に連れられて観に行ったシルク・ドゥ・ソレイユの世界観に魅了され、一日中部屋にこもり、その音楽を聴きながらイメージを膨らませる“一人遊び”に没頭した。暗闇の中に松明が揺らめく様、花が美しく散っていく様、音楽と連動する様々なイメージが頭に浮かんでくるような、想像力豊かな子どもだった。もう一つ夢中になったのが、顔遊び。ある時、ふと「食べているとき自分はどんな顔をしているのだろう」と疑問が湧き、鏡の前で食事をする時期もあった。そんな子ども時代の一人遊びが、後に舞台に立つ上での強み、“表情力”となった。大げさすぎず自然体なのは、すべて彼の正直な感情からくるものだからだろう。
アジア人でありながら欧米人に勝るとも劣らないその“表情力”は、ここニューヨークにおいても高く評価されている。彼によく来るオファーは、“ethnically ambiguous”な役柄。アジア人とも西洋人とも見える出で立ち。それが求められるとき、丘山に声がかかる。高い身長と日本人離れした顔立ちやダンスの表現力はもちろんだが、豊かな表情を持つ“ガンサー”であることも決め手だろう。

表現の場を求め爆発寸前

 中学三年生で渡米。フィラデルフィアの大学で教鞭を執ることになった両親についていった。1年後、両親は帰国したが、丘山は残って現地の高校に進学することを選んだ。高校進学と同時にそれまで続けてきた日舞をやめ、体を使った表現とは離れた生活を送るが、5年後、大学1年生のとき、無性に何かを表現したいという思いが芽生え、両親から受け継いだ自分のルーツである踊りに立ち返った。

「子どもの頃、馴染めなかったバレエが急にかっこよく思えたんです。鍛え上げた筋肉でくるくる回ったりジャンプしたり。それで『バレエが好きだ』って気がついたんです」。思い立ったら即行動。専攻をバレエに変え、自分の表現人生における強力なツールにすべく練習に励んだ。プロのバレリーナだった母は、「20歳でバレエをはじめるなんて遅すぎる」ともっともな忠告をするも、揺るがない息子の決意を最後は応援した。当時を振り返り、「初めは、クラスメイトが僕のことを人間じゃないみたいな目で見てました(笑)。レベルの差が歴然だったんです」。加減が分からず、ジャンプしたときにピアノに突っ込んだこともあるという。泉のように湧き出る表現したいという欲求をまだコントロールしきれていなかったのだろう。しかし、その「パワー」を「技術」に変えるのにそう時間はかからなかった。

オーディション成功の方程式

 初めてのオーディションは、大学卒業後の2008年。ニューヨークを拠点としつつ、日米を股にかけて活動してきた。丘山曰く、「1勝9敗のタフな世界」。願書を出してもルックスが役のイメージに合わなければ、審査すらしてもらえない。技術を披露する前に、衣装に体格が合わなければはじかれることもある。実力以外の理由で悔しい思いをするのは日常茶飯事の世界だ。
  ミュージカル『Chicago(シカゴ)』の最終選考に残ったときのこと。アジア人MCの役だったが、最終面接で、“Where are you from?(どこの出身ですか)”と聞かれた。とっさに、“I’m from Japan.(日本から)”と答えると、審査員の顔が曇った。『シカゴ』は長い歴史を持つ作品で、なまりのない完璧なオールドイングリッシュを話せる演者を求めていた。記憶を辿り、「“ジャパニーズアメリカン(日系人)”と答えていたならばよかった」と当時を振り返る。

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 そうした気づきはもちろん、丘山は持ち前の分析力で経験を糧にしてきた。その一つが、オーディションの際に、必ず審査員の視界の左側に入るようにするということ。ひとたび視界に入ってしまえば、あとは全身全顔の筋肉をフル稼働させ自分をアピールするのみ。なぜ、左視野を重視するのかについては、「僕自身が導き出した、成功をつかみ取る方程式」と笑う。

アメリカの舞台に挑むワケ

 日米での経験を豊富に持つ丘山の目に、両国のエンターテイメント業界はどう見えているのか。日本では、少ない予算の中で確実に作品をヒットさせなければならない現実があったとしても、業界自体がパフォーマーのファンに左右されがちだという。一方で、アメリカは作品のクオリティに重きが置かれる。「日本では〇〇が出ているからという理由だけで客が劇場に足を運ぶ。でもアメリカでは、この作品の世界観に浸りたいから、この曲が素晴しいから、という理由でお客さんは観に来るんですよ。本質的な部分を見てもらえるのは演者として嬉しいですよね。だからこそ、新人にもチャンスがある」

 また、作品そのものや出演者自身へのリスペクトが高い。俳優だけでなくダンサーにもだ。ひとたびプロとして舞台に立てば、ユニオンや健康保険に加入でき、より安定した労働条件のもと仕事に集中できる。それに加え、作りたいものを作るために予算を惜しまない。質が高ければ、たとえ小さな作品であっても、スポンサーがつく。つまり、裏を返せば有名プロデューサーが手がけた作品でも、作品に対する評価はシビアで正直だ。「背負うリスクが違うんです。その分、アメリカで仕事する喜びはより大きい」

 ニューヨークの冬の風物詩といわれるショー『ラジオシティ・クリスマス・スペクタキュラー』でデビューを飾った2008年。通算1万人が訪れるホリデーシーズンを彩る公演の千秋楽、客席から「巨大なエネルギーの玉」が向かってくるのを感じた。「これを毎晩、味わえるように」。そう誓い、ステージに生きる。

試練で鍛える表現人生

 歌、踊り、芝居とオールラウンダーな丘山は自分自身の肩書きは「パフォーマー」だという。専門はあっても、すべての分野が一通りできないと通用しないアメリカのエンターテイメント界にあって、様々なジャンルのダンスを踊れることは、丘山の大きな強みの一つだ。「体での表現では誰にも負けない自信がある。これからはもっと“口の表現”である歌や演技に磨きをかけたい」とさらなる挑戦を恐れない。「簡単にはいかないと思うんです。でもその試練が結構好きだったりするんですよね」

 オーディエンスの前でパフォーマンスすることが表現人生最大の醍醐味であるといい、舞台本番の独特の空気感の中で「役を着る」と表現する丘山。「ブロードウェイ・ミュージカルで、自分の位置を確立させたい。それから、ハリウッドに渡って映画にも挑戦していきたい」。表情がクローズアップされる映画では、“ガンサー”丘山の魅力が、ひと際輝くことだろう。彼の“表情力”は、言葉やダンスの表現に負けないストーリーを生み出し、自身を世界へと押し出す、大きな力になっていくに違いない。

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Photographer: Kuo-Heng Huang Writer: Haruka Ue

 

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