隠れ名門校で学ぶ映画制作の極意と実践
現役プロデューサーが学生を相手にするワケ
新商品開発で企業と大学がコラボレーションする例はよく聞く。しかし、アカデミー賞受賞有力作品を大学生がプロダクションと共同制作できるとしたら?
「ニューヨークで映画制作を学ぶ」なら、米国五大フィルムスクールに名を連ねるコロンビア大学とニューヨーク大学の門を叩く者が多い。机上で映画論と表現方法を学び、実践として自主制作し集大成を得る。それが従来の映画学科だ。しかし、映画界の名だたる現役プロデューサーが生きた知恵と経験を伝授してくれ、しかも共同制作の機会を与えてくれる隠れ名門が誕生した。Stony Brook University(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校)だ。
プロと学生のギブ・アンド・テイク
ストーニーブルック校は今年1月、インディペンデント系映画プロダクションの巨頭、Killer Films(キラーフィルムズ)とタッグを組み、修士課程のFilm program(映画学科)を設立。州立大学であるがゆえに学費も市立よりは手ごろなうえ、その学科のディレクターがクリスティン・バションがディレクターなので、ちょっとした話題になった。バションといえば、『ボーイズ・ドント・クライ』や『ベルベット・ゴールドマイン』などで知られるトッド・ヘインズ監督と組み、多くの映画を世に送り出している名プロデューサーだ。
▲Director Christine Vachon and Associate Provost Robert Reeves
これまで八つのオスカー賞と25のエミー賞受賞映画を世に送り出してきた現役敏腕プロデューサーが学生相手になぜ、手取り足取りして映画制作の極意と実践術を教えてくれるのか。そこには、教える者と教わる者による、Circulation of Creativity(クリエイティビティの好循環)がある。大学側の「画期的な映画学科を作りたい」というニーズと、キラーフィルムズ設立20周年記念でもある今年、彼女の「映画人として未来の映画人を育てたい」というニーズがマッチした。
従来の映画学科との一番の違いは、学生が本物の撮影現場を経験できることだ。つまり学生は、キラーフィルムズと共同制作する機会を得る。教室での授業と現場での実践、その両方を体得できるというわけだ。「百聞は一見にしかず」、インディペンデント映画の現場に近いところで映画を学べる授業が、学生を待っている。現場で未来の映画人を育てようという学科なわけだが、そもそもの発想と試み自体が革新的だ。「なんて寛大なプログラムなんだ!」と第一印象を伝えると、副学長のRobert Reeves(以下ロブ)と講師のMagdalene Brandeis(以下マグダリン)は笑って応える。
「現場の人間は、実は教えたいんだよ」
現役選手の経験談はタイムリーで貴重だ。忙しい時間を割いてわざわざ学生相手に教師としてそれを共有するのは、「自身の豊富な経験を共有したい」という思いのほかにもう一つある。業界に身を置くことで擦れてしまった映画に対する純粋な思いを、自由な創造性を、そして何より大切な制作へのDesire(欲望)を、学生と触れ合うことで取り戻したいからだ。「学生からアーティストとして必要な心持ちやクリエイティビティを刺激されるから、ギブ・アンド・テイク、win – winの関係が成り立っているんだ。クリスティンをはじめ、みんな講義のオファーを快く引き受けてくれた」とロブ。学生と教師の間に創作意欲を刺激し合う好循環があり、その化学反応と相互作用が、新しい映画学校のモデルを作ると考えている。
夢で映画は作れない
▲Film students in summer (Alexandra Stergiou, Actor, Jason Evans)
「学生には最初の1年目からカメラを持って現場に行ってもらうわ。実際に業界で挑戦する前に立ち向かうための自信と実力をつけることができるはず」と話すのはマグダリン。キラーフィルムズの現場で学生一人ひとりが映画制作のノウハウを模索する。未来の巨匠候補は、授業という現場で自分の映画の指揮を執る。制作コストや時間、効率的な作り方といったビジネス的なReality(現実)。「これが作りたい、こう作りたい!」という希望(Hope)。クリスティンはその両立を教える。この両方があってこそ、商業ベースの映画=万人を観客にできる映画ができる。
「夢だけでは映画は作れない」。その現実を学生時代から向き合い、制作に関わる資金の計算ができる頭と、資金のことを考えても萎えない心、制作欲を養う。デジタル技術の発展でスマートフォンで映画を撮る者も生まれる時代。ストーリーのアイデアさえあれば、脚本、演出、撮影のチームを組める。必要な情報や機材が昔に比べはるかに調達できるようになったいまだからこそ、逆にどんな映画を作るのかという明確なビジョンとそれを貫くマインドが大切なのだという。
“弱み”が“強み”の日本人
秋の新年度に向けて留学生の受け入れを強化している同学科。「Diversity(多様性)がある現場の方が、表現力のある映画ができる」というのが、ロブたちの共通見解だ。「これを作る!」という共通のゴールを目指す際、さまざまな表現手段、見せ方、語り方、伝え方の多様な引き出しがあった方が、強みになるから。
日本人のように「静の美学」を持つバックグラウンドの者は発言することを覚えることになる。一方で「動の美学」側は立ち止まり、声なき声に耳を傾けたり引き出したりするスキルを身につける。自由な発想とユニバーサルに通じる表現力は多様性を認め合う中に宿る。学生時代のうちにそれに気づき、感覚を身につけてもらいたい。だからこそ、ロブとマグダレンは学科における留学生への奨学金の枠を増やした。
ジャンルやコンテンツの多様化は今後もっと進む。そんな未来において、「日本人らしさ」が武器になることは大いにある。寡黙な日本人でも「内なる情熱」をカタチにできる。その方法を同学科は現場という最も実用的な場所で教えてくれる。現役のプロデューサー、脚本家、カメラチームと一緒に、映画の新しい可能性を見い出していけるなんて、やっぱりどう考えたって“おいしすぎる”。しかも同大学は今年20周年を迎える映画祭も主宰しているので、披露の場だってついてくる。論ではなく、実践に重きを置いた映画制作の学び舎は、門戸を叩く日本人を待っている!
▲Director Christine Vachon, Associate Director Magdalene Brandeis, Consultant Simone Pero, and Killer Co-Founder Pamela Koffler.
Robert Reeves(ロバート・リーブス)
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校博士課程副学長 / 小説家。ハーバード大学大学院修士号取得。ハーバード大学、プリンストン大学での教鞭を経て、ブルックストーニー大学で新たに映画部門、文芸部門のMFA(美術学修士)プログラムを創設しディレクターを務める。出版、芸術、映画各業界に数多くの優れた人材を輩出し続けている。
Magdalene Brandeis(マグダリン・ブランダイズ)
プロデューサー / 小説家 /ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校客員教授。アンティオーク大学大学院修士号取得、ストーニーブルック大学でMFA取得(文学)。同大学の映画製作、脚本学科、ディレクターとして教鞭をとる。
Stony Brook University(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校)
2015年1月、同大学の芸術学科とキラーフィルムズは提携し、SUNY(ニューヨーク州立大学)初の映画学科でMFA(美術学修士号)を取得できるプログラムを創設。実践的な学びのある授業は、マンハッタン校とサウスハンプトン校で受講可能。
www.stonybrook.edu/mfa/film
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Writer: HEAPS