今までにない“一杯”を生み出す、果てしない探求と実験

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アメリカではクラフトビール醸造所を、少量生産ゆえに「マイクロ(micro)ブリューワリー」と呼ぶが、最近では、そのさらに下をいく極小醸造所、その名も「ナノ(nano)ブリューワリー」が注目されている。クイーンズ、ロングアイランドシティでは、この1年間で3ヶ所のナノ・ブリューワリーが産声を上げた。中でも、昨年6月に醸造を開始したビッグ・アリス・ブリューイング(BIG aLICe BREWING)は、月産わずか80ガロン(約300リットル)程度。毎週金曜日のみ醸造所を開放し、訪れる人にだけ直売するという徹底したナノぶりだ。

Interview with Robby Crafton, BIG aLICe BREWING

1/130種類

世界でたった一つのビール

「他のどこにもない『世界でたった一つのビール』を造るのが僕らの生き甲斐」と話すのは、共同オーナーの一人、ロビー・クラフトン(Robby Crafton)。少量限定生産を逆手にとって、毎月新しいフレーバーを10種類以上揃え、1年間で販売したクラフトビールは130種を超える。リストを見ると、IPAやスモークビール、ウィートビールなど流行のスタイルは言うまでもなく、オレンジ、ペパーミント、ハラペーニョ、ニンジン、ゴボウ、シソとフレーバーのバラエティに驚嘆する。

 価格はワインサイズの中瓶で一本18ドル(約1,800円)。ビールにしては高価だが、アルコール度数が平均11~13%で、通常のビールの2倍以上ある。少しずつ味わいを楽しみながら飲むタイプのビールだ。「晩酌で飲むビールとは違う。特別なオケージョンに開けるスペシャルなビールと考えてもらえたら嬉しいね」

 ロビーはコルク栓をポンと抜くと、熟成3ヶ月後の琥珀色のビールを広口グラスに注いでくれた。今月のフレーバーの一つ「オレンジ・マンゴー・マルチグレイン・エール」だ。フルーティーな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。飲み口は清涼飲料のように軽いが、口の中で苦み、酸味、甘味が交錯する。初めて味わう複雑な味のビールだ。「オレンジを丸ごと入れているので『果皮』の苦みが作用しているんだ」。錬金術師のようにあの手この手で新しいビールを造ろうとしているロビーは言い放つ。「まだこの世に存在しないビールを生み出すロマンとチャレンジ。それがたまらないのさ」

限りない創造性に惹かれて…

 起業前は、大手冷却機メーカーのコンピュータ部門に勤務するサラリーマンだった。ビール好きが高じて、ホーム・ブリューイングの虜となった。約5年間、ビール醸造の専門書を読みあさり、道具を揃え、醸造実験を繰り返し、同好の士との交流を重ねた。「ビール醸造には『ものづくり』の楽しさと限りない“創造性”がある。1日中コンピュータの前に座っている仕事と比べたらずっと楽しい。だから3年前、思い切って会社を辞めてビールを本業にしようと決意したんだ」

 資本金は、ロビーを含め3人のオーナーが各々1万ドル(約100万円)ずつ出資。その大部分を醸造用設備の導入に費やしたが、古くからの知り合いが破格の家賃で醸造スペースを貸してくれるなど、友人や家族がこぞって資金や労働力を提供してくれた。おかげでビジネスのセットアップは思いのほかスムーズに進んだ。「ところが政府当局からの醸造許可を取得するのに丸1年かかってね。実際に醸造を始めたのは2013年のはじめ。最初のビールを販売したのはその年の6月だった」とロビー。実際に始めてみると、事務的な作業が結構多い職だそうだ。

 ニューヨークで誕生した新たなクラフトビールの噂はたちまち広がり、ニューヨークタイムズ紙をはじめ地元マスコミの取材が殺到した。ラジオの公開番組に出演するなど、ロビーとビッグ・アリスは「ナノ・ブリューワリーの代名詞」となる。「ホーム・ブリューワリー時代との大きな違いは、僕の一つひとつの動作や行動が社会に見られている点だね。造り手である僕が同時にビールの宣伝マンとなってプレゼンしなくてはいけない。本当は、醸造所にこもってコツコツと味を探求するタイプなんだけど、世間はそれじゃ許してくれない」と話すロビー。口調は、終始、物静かだが目の奥にきらめくものがある。

「僕にしかできない『僕のビール』を造り続けたい」

 クラフトビールの普及がアメリカで最も進んでいるのはオレゴン州、ポートランド。ビール消費量の25%はクラフトビール。ナノ・ブリューワリー専門のビール祭りまである。ニューヨークは後発なるも、この2年間でクイーンズを中心に6ヶ所ものナノ・ブリューワリーが誕生している。

「他州と違って世界中のクラフトビールが集結しているのがニューヨークのユニークなところ。専門店に行けば300種のクラフトビールがあって、必ず新しい銘柄が見つかる」とロビーは言う。国際的な刺激を受けて味や製法の冒険は活発になる「。今後は、地元ブランドの切磋琢磨も楽しみだよ」

 すでにロングアイランドシティは、週末ともなるとナノ・ブリューワリーを「ハシゴ」する人が絶え間なく行き交う。「競合相手もホーム・ブリューワリー出身で昔からよく知っている仲だ。お互いに目指すビールが違うので、決して客の取り合いにはならない。むしろグループとして見られることで業界の成長につながる」

 活気づくクラフトビール業界に刺激され大手ブランドもマイクロ・ブリューワリーを買収したり、自社で「手作り」風のビールを造り始めた。一方、90年代にカリフォルニアで生まれたクラフトビール「ラグニタス」のようにIPAのヒットに乗じて全米展開し「成功伝説」となった銘柄もある。しかしロビーはそうした業界の動きには関心がない。「僕らはまだ創業1年目。今はこの醸造スタイルで利益を上げることが第一の目標。大手と張り合ったり、レシピを売る気はないね。事業を急速に大きくしたくないんだ。大きな市場を狙えば、きっと、自分の思い通りのビール造りはできない。僕は、ナノでいい。僕しかできない、『僕のビール』を造り続けたい。そんなビールを介して地元のビールファンと交流するのが何より楽しいんだ」

 20代までに築いてきた経験、技術、安定した生活のすべてに別れを告げ、30歳でナノ・ブリューワリーに身を投じたロビー。

「ビールは僕にとって欠くことのできない毎日の食事のようなもの。ビールを通じて僕は探究心を抱き、創造と実験を繰り返し学習する。それを世の中にフィードバックする。ビールは、僕が人生を経験するためのフレームワーク(枠組み)だよ」

 ナノだっていい。いやナノだからこそ自分らしくいられる。ロビーのロマンには常にサプライズがある。

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Photographer: Omi Tanaka 
Writer: Hideo Nakamura

掲載 Issue 15

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