#003「戦場の兵士たち」【連載】僕がしあわせについて考えたのは、戦場だった。—鈴木雄介フォトエッセイ
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28歳で、戦場カメラマンになった。
報酬がよいわけでもないうえ、死が常につきまとう。

シリアでは反政府軍と行動をともにし、撃たれないように祈りながら走った。
写真を撮って、毎回生きて帰って戦争を伝えてきた。

鈴木がシャッターを切ってきたその悲劇のなかに、
「しあわせ」の瞬間があった。
対極に思えるしあわせの意味を知ったのは、戦場でだった。

「しあわせってなんだろう」。
命がけの紛争地帯でおさめてきた光景から考える、
鈴木雄介の、戦場フォトエッセイ。

#003「戦場の兵士たち」

何の為に命をかけて男たちは戦うのだろうか?

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政府軍の支配地域を奪還する作戦に向かう直前の自由シリア軍兵士たち。

 僕は、写真家になる前から考えていた。戦争は、遠い昔からいま現在まで地球上から無くなったことがなく、兵士という職種は、世界で一番古い職業ともいわれている。いまの日本では、自分の命をかけてまで何かを守ったり、挑むということはほとんどないだろう。どこかで僕は、それくらい必死になって、命を燃やす人たちに憧れを持っていたのかもしれない。生と死が交差する日々の中に生きる男たちは一体どんな人間なのだろうか。自分の目で見てみたいと強く思った。

 シリアの戦争を撮影しに行ったとき、僕はとある反政府軍の部隊と仲良くなり、いつも基地に顔を出すようになった。基地といっても元は学校だった施設で、そこを臨時の基地にしているだけだった。ライフルを背負った髭面のイカつい兵士たちの片隅にはパイプ椅子や机が乱雑に散らばっているというシュールな光景で、服装はキッチリと迷彩服を着込んだ位の高そうな者から、ジーンズにジャケットという、街のギャングといったほうがシックリくるような若い兵士まで様々だ。

 反政府軍なので、多くのものが皆、元一般人だった。 僕が出会った兵士たちはほとんどが、エンジニア、教師、店主、大学生、弁護士、タクシードライバー、農家など普通の職業を持っていた者たち。ある日を境に彼らは銃を手に取り、政府軍を相手に戦う戦士となった。

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若い兵士にライフルの組み立て方を教える、年長の自由シリア軍兵士。

 彼らに同行して、政府軍との激しい戦闘が続く前線を訪れたとき、「死ぬのは怖くないのか?」と作戦がはじまるのを前にして僕は聞いた。すると「怖くないさ」と何の迷いもなく彼らはハッキリと答えた。カッコつけたがりのシリア人だから、外国人カメラマンを前にして「怖い」と答えるわけにはいかない!と思っているのかもしれない…と最初は思ったが、作戦がはじまる前にみんなで集まって礼拝を終えた彼らの目を見て、それが嘘ではないとハッキリわかった。

 本当に覚悟が決まった人間の目というのは、吸い込まれるような静かな力強さを持っている。性根の心優しいシリア人だが、その優しさの中に、絶対揺るがない信念のような芯があるのが見えた。覚悟が決まった人間というのはとても強い。恐れるものも失うものもなく、とても勇敢で、目的を達成するために前に進むのみだ。

 こんなにも「生」の力強さに溢れ、輝いている目を、僕はこれまで見たことがなかった。こんな危険な状況でありながらも、美しいとさえ思えてしまうほどだった。今日、生きて帰れるかわからないような、常に死と背中合わせの毎日の中で命を燃やしているからこそ、「生きている」というエネルギーが輝きを増すのだろうか? 物質的、金銭的には恵まれている生活を送っている僕たち日本人が、仕事や日々に追われ死んだような目をしている一方で、5分後にはあっけなく死んでしまうかもしれない兵士たちが生き生きと輝く目をしている。彼らはある意味悟りを開いた僧侶のような、もしくは自分の死期を悟ってすべてを受け入れた人間のような、静かな力強さを放っていた。

FSA fighters take their position to attack goverment forces.
政府軍との激しい戦闘が続くシリア第二の都市アレッポにて、崩壊した建物の中から政府軍のチェックポイントに銃口を向ける自由シリア軍兵士たち。

 彼らは、前線に同行する僕のことをいつも気にかけてくれ、食料をわけてくれたりもした。 何よりも、彼らは仲間同士の絆で強く繋がっていると感じた。同じ目的の為に、命のやり取りをする世界で、毎日をともにする。一瞬一瞬が命がけの中で、彼らは仲間を生きたまま連れて帰ることをとても大事にする。血が繋がっていなくとも、彼らは兄弟なのだ。
生き死にが交錯する状況だからこそ、命の脆さと大事さを知っているのだろう。それだけに仲間が倒れたときはとても辛い。

 僕が同行していた部隊に、モデルのように背が高く、いつも陽気で冗談を言っているムードメーカーの若い兵士がいた。アラウルという名の彼は、前線で待機しているときも、みんなが緊張する中でモノマネをしたり、歌を歌ったりして周囲を笑わせていた。基地でも僕を見かけるといつも陽気に近づいてきては、ニコニコしながら話しかけてきた。部隊の中で僕が一番仲の良かった兵士だった。

 しかし遠くないある日、アラウルは前線が入り乱れる市街地での戦闘で亡くなった。その時、僕はすでにアメリカに戻ってきていたので、部隊の兵士がフェイスブックを通じてメッセージと写真を送ってきてくれた。真っ白な布に包まれた彼の顔は、戦争で戦って亡くなった男の顔とは思えないくらい安らかだった。たった数週間、時間をともにしただけの僕だったが、写真を見た瞬間、旧知の友人を亡くしたような感情に襲われ、悲しさと虚しさで体が重くなった。

 同じ部隊で長い間、ともに戦い、笑いや悲しみや、束の間の喜びを共有してきた仲間たちの悲しみは、僕が想像できないほどのものだろう。家族の間柄でも経験しないような事を、彼らは戦争がはじまって以来、凄まじいスピードで味わい続けているのだ。こういう経験を経て、さらに兵士たちの友情や絆は深まってゆく。家族とも違う、戦友という男同士の泥臭く、熱量に溢れ、経験した者にしか分かり得ない特殊な関係が生まれていくのだろう。

 元来、シリア人は義理人情をとても大事にする人たちだ。穏やかで、目立った動きのない日には基地でストーブを囲んで紅茶をすすりながら、他愛もない話に花を咲かせた。ヨーロッパのサッカーリーグの話、好きな音楽の話、恋人や友達の話。こんな会話をしている時には、彼らは自分と何も変わりがない人々なのだと気づかされる。生まれてくる時代や国がが違えば、戦争で破壊された街中でなく、カフェかレストランで美味しい物でも食べながら彼らと、こんな会話ができたのだろうか。

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自由シリア軍、アルタウヒード旅団の兵士たち、5人。

 僕は彼らの目つきと表情に惹かれて、銃声と砲撃の音がすぐ近くで鳴り響く前線で、彼らのポートレートを何枚も撮った。そのポートレートを見ていると、いまでも、彼らの目が、生きるとはどういうことだろう? お前は何の為に生きているのか? と疑問を投げ掛けているような気持ちになる。撮影した兵士の中には、戦いで命を落とし、もう二度とその顔を見られない者もいる。信念をもち、自分の信じるものや、何かを守るため、何かの目的を達成するために自分の命をかける。その為には自分の命の重さなど何でもないと考える。

 たとえそれで本当に命を失うことになっても、自分が信じるものの為であったのなら、そこに悔いはないのかもしれないと僕は思った。もちろん、命は大事だ。簡単に扱われるものではない。しかし、人間の命がこの世で何よりも一番大事であるというのも、この果てしない宇宙のスケールで見れば、人間のおごりのような気がする。

 自分の命など羽毛のようにフワッと軽いもので、ちょっと風が吹けばどこかにすぐ飛んでいってしまう物なのかもしれない。
僕がシリアで出会った兵士たちは、そんなことを考えさせてくれる生き様だった。何かのために限りある命を燃やす。燃焼するように生きる。そうやって生きている人間の姿は美しかった。男として、僕は素直にかっこ良いと思った。

 出来れば、もう一度、今度は戦争が終わって普通の生活に戻った彼らの顔を撮りたいと思う。

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自由シリア軍、アルタウヒード旅団の兵士たち、6人。

▶︎#002「なぜ戦場で写真を撮るのか」

▶︎#001「戦場の家族のこと」

鈴木雄介 / Yusuke Suzuki

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1984年、千葉県生まれ。東京の音楽学校に通っていたときに東南アジアやアフガニスタンを訪れ写真に興味を持つ。アメリカ、ボストンのNew England School of Photographyにてドキュメンタリーとヴィジュアルジャーナリズムを専攻。在学中より様々な賞を受賞する。
同校卒業後、地元紙やロイター通信でフリーランスとして活動後、ニューヨークに拠点を移す。

uskphoto.com
instagram: @uskfoto
Content by HEAPS Magazine (c/o Satoko Hirano)

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