一般人のスピーチを「世界にひとつ」の出来に仕上げる。ゴースト“スピーチ”ライターチーム The Oratory Laboratory

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スピーチ力に定評のあるオバマ大統領だって、専任のスピーチライターを雇っている。
ならば、一般人だって、雇ってみてはどうだろうか。

SNS時代、「一般人スピーチ」のゴーストライターが活躍中

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 昨年のある日、ニューヨークタイムズ誌の中に、「あなたの祝辞やスピーチ、プロのゴーストライターにお任せください(意訳)」という内容の記事を見つけた。その中で紹介されていたニューヨークの「The Oratory Laboratory(ザ・オラトリー・ラボラトリー)」というゴーストライター・チーム。
 企業向けから結婚式や葬式など個人的な行事のスピーチまで、1本500ドル(約6万円)から原稿作成を行っているという。結婚式の祝辞スピーチ用に彼らのサービスを利用した取材対象者は「プライスレスの価値がある」と絶賛する。
 いまの時代、スピーチの多くは、スマホで録画され、半永久的に保存されるだけでなく、SNSでシェアされれば不特定多数の人の目に触れる。だからだろうか、「失敗したくない」という想いから、プロの力を借りる人が増えているらしい。 

“ゴースト”の経歴、眩しいほどの輝きだった

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「The Oratory Laboratory」の創始者で、噂の「ゴーストライター」Victoria Wellman(ビクトリア・ウェルマン)にコンタクトをしたところ、「では、ソーホーハウスで会いましょう!」ということに。どうやら、会員制クラブ「ソーホーハウス」のシェアオフィスが彼女の仕事場らしい。

「ソーホーハウス」。それは 近所のカフェを仕事場としている、しがないフリーライターの私なんぞには、縁もゆかりもない“宮殿”であり、年間会員費が1000ドル以上という「ラグジュアリークラブ」である。無粋な情報を付け加えてしまい恐縮だが、そんなクラブの会員でありオフィスを利用している、という事実は、その人の社会経済的地位を暗に教えてくれる。
     
 受付を通り抜けてすぐ、私は薄汚れたリュックサックで来たことを後悔した。ラグジュアリーオフィスにそぐわしいビクトリアの凛々しい姿に見とれながら、「あと5分で着く」という彼女の夫で共同創始者のNathan(ネイサン)を一緒に待つ。

 聞けば、現在ネイサンはグーグルのクリエイティブ部門のコンサルタント役を担っているのだとか。その他にも、過去にはテレビ業界でシナリオライター、広告業界ではPR、また、「コメディやアート業界とも精通している」のだそうだ。 
 
 ビクトリア自身も米国各紙に多数寄稿するフリーライター、アパレル関連ブランドのPRやコンサルタントを勤め、母になるまでは女優業も、というマルチな経歴の持ち主。
「様々なフィールドで経験を積んできた私たちだからこそ、この仕事に向いているのだ」と話す。

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なぜ赤の他人が、“響くスピーチ”を作れるのか?

 二人が「The Oratory Laboratory」をはじめたのは2009年1月。前年に出席した友人の結婚式のベストマン・スピーチが「あまりにも、ひどくて」。その帰り道、「事前に言ってくれれば、もっといいスピーチを書いてあげたのに」という冗談まじりの会話から、アイデアは膨らんだという。

「恐らくだけど、ビクトリアは結婚式のスピーチを書いた回数において、歴代世界イチ」とネイサン。この結婚式のスピーチが、最も多い依頼だそうで、1分半〜3分のスピーチ1本「500ドル(約6万円)〜」。 
 だが、赤の他人の、しかもその内輪に響くスピーチを一体どうやって書くのか。
「まずは、依頼主のアイデア、つまり新郎/新婦に、どんなトーンで何を伝えたいのかを聞くところからはじまります」

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 ただ、これが難しく、「新婦/新郎はどんな人ですか?」という質問だと、「返ってくるのは、”彼/彼女は優しくて、親切で、面白くて…」。そういった、「いい人」を表すありきたりの形容詞なのだという。これでは、どこかで聞いた紋切り型のスピーチにしかならない。
 そこで、彼らは質問の仕方に捻りを加える。例えば「新婦/新郎と、△△△についてあなたと意見が別れるとしたら、あなたは何といい、それに対して、相手はなんと言い返すでしょうか」といったものだ。そういった質問を重ね、パーソナルな話や、その人らしさを引き出すのだという。

 2015年の原稿作成件数は「約300件」。創業以来、依頼数、利益ともに右肩登りに伸びているそうだ。依頼内容は、上述の個人向けの祝辞だけではない。企業の新製品のプレスリリースや、それらの発表の場でのスピーチ、またエンターテイメントから政治関連と、ジャンルは多岐に渡る。

 企業のプレスリリースなどは一般的に、その会社の広報やIR、マーケティング部門の担当者が行っていると思っていたが、「スタートアップだけでなく大企業からも、口コミで依頼が増えている」という。「今週はアパレル、ITアプリ、清掃会社と全く異なる業界のスピーチを同時進行で作成している」とビクトリア。守秘義務があるから企業名は言えないけれど、いろんな業界のことを勉強させてもらっている、と仕事を楽しんでいる様子。

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ここ大事です、「ウソは書かない」。

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「ゴーストライターというのは、書けない人のために書く人というイメージじゃない?そうだとしたら、私たちは違うと思う」。 
 
ネイサン:「クライアントを『書けない人』だと思ったことはないし、むしろ僕は、ある程度の発想力と思考力さえあれば、誰でも書けると信じている。ただ、それをより印象に残るものに仕上げるのが僕らの仕事」

ビクトリア:「そうね。私たちが書いてきたスピーチはどれも、スピーチをする人の感情に忠実に作られたもの。コアの部分には依頼者自身のアイデアが活きているの。じゃないと、聞く人の心に響くスピーチにはならない。だから、『グーグル検索に頼っちゃだめ。ベストの答えは、あなたの頭と心の中にしかないんだから』って、よく言っています」

「私たちの仕事は、あくまでも、良いスピーチをしたい、と思っているの人のお手伝い役」としつつ、「事実を書けばそれでいいわけでもない」とも。“お手伝い”とは、依頼者の言いたいことを上手く引き出し、また、言いたいことが多すぎる人の場合はシャープに削り、そこに機知に富んだユーモアをバランスよく加味することなのだという。要するに技術とセンスあってこそできる仕事なのだ。

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「あのスピーチよかったよね」の記憶はプライスレス

 
 スピーチ1本500ドル(約6万円)〜という金額が、妥当か否か。「リピーターが多い」という事実を考慮すると、価格相応、もしくはそれ以上の価値を感じている人が少なくないようだ。

 注目すべきは、掃除が大変だから代行業者にお願いするのと、スピーチの原稿を書くのが大変だからプロに依頼するというのは、似ているようで違う、という点だろう。後者のスピーチに関しては、「お金で時間を買う」「痒いところに手がとどく」だけの話ではないようだ。

 たとえば、結婚式で聞く人の心に響く良いスピーチをすれば、その式に参加した家族や友人は、「そういえば、あの時のあなたのスピーチは最高だった」と思い出すたびに話題し、広め、語り継いでくれる。と同時に、自然とスピーチをした人の周囲の評価も上がる。スピーチそのものと、スピーチをした人の人格評価は比例しており、良いスピーチをすれば好感度は上がり、反対に良くないスピーチをすれば、何も悪いことをしていなくても好感度は下降しかねない。

 たかがスピーチ、されどスピーチである。厳しい世界で生きる大人にとって、スピーチとは、絶対に負けられない戦いの一つ。それゆえ、百戦錬磨のプロの手助けは「プライスレス」と呼ぶにふさわしい、ということか。

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Interview Photos by Kohei Kawashima
Text by Chiyo Yamauchi

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