アートに愛される額縁職人を訪ねて。

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アート作品はフレーム(額縁)に収められてはじめて完成する。ニューヨーク近代美術館(MoMA)やグッゲンハイム美術館の名作からラブコールを受け、その作品のためのフレームをつくる、日本人職人がいる。1枚数千万円という現代美術作品は“モンスター”のようなもの。額縁職人の山崎哲哉は、自らのフレーム工房に「深呼吸してコントロールする」という意味の名前を付けた。山崎の20年とアート心眼を知るべく、Pranayama(プラナヤマ)を訪ねた。

アート業界随一のフレーム工房「Pranayama」

近年、世界の現代美術マーケットは活況を呈しており、個展やアートショーの数も飛躍的に増えている。そんな風を受けて、プラナヤマは順調にビジネスを伸ばし、昨年度の年商は2億円超。ブルックリンのプロスペクトハイツ地区に工房を構え、MoMAやグッケンハイム美術館などに飾られる作品のフレームを制作している。また、ニューヨークで展示を行う海外のギャラリーからの依頼も受ける。フルタイムの従業員を20人近く抱える山崎は、背中まで長く伸ばした後ろ髪にスポーツウェアというカジュアルな風貌。「いやぁ、僕たちはクラフフツマン(職人)ですから、そんなに儲かってませんよ」と笑い、ひょうひょうとした語り口で謙遜する。ニューヨークでは毎年、春になると大規模なアートショーがあるほか、街中に約1,000軒あるといわれるギャラリーが一斉に、売れ線アーティストの個展を開催するため、プラナヤマは大忙しとなる。「注文は絶え間なく入ってきます。多いものでは1回のショーで100体以上のフレームをつくるケースもあります」

フレーマーとして大切なこと

手がける作品は、現代美術が中心。「ウォーホルとかリキテンシュタインといった有名作家の作品はしょっちゅう入ってくるので、もう見てもあまり何も感じませんね」と山崎。ただ、フレームの作業工程では、そうした超高級品に直に触れなくてはならない。「この仕事で何といっても大切なのは、作品を傷つけないこと。工房には数億円クラスの作品が頻繁に出入りしますから、恐いですよ。作品の管理が一番神経を使いますね。紛失、破損はもちろん、雨期には湿気で作品の状態が変わってしまうので、温度と湿度管理など細かな所まで気を使います。そして、もう一つ大事なのは納期を守ること。仕事の9割は展覧会出品作品です。ショーのオープニングまでにフレームができていなかったら、話になりませんからね」。作品の丁寧な管理と納期厳守。その二つを徹底することでプラナヤマは一流クライアントの信頼を勝ち得てきた。「額装の技術もさることながら、結局は『信用第一』なんです」。実にシンプルな話だが、「作品に対する敬意と丁寧な扱い」と、きちっとした仕事ぶりこそがプラナヤマをニューヨーク、そしてアート業界随一のフレーマーに押し上げた最大の理由なのだ。フレーム制作の作業は、大まかにいうと
①フィッテイング(寸法合わせ)
②アセンブリング(額の作成)
③フィニッシング(仕上げ)
の三つの工程に分けられる。プラナヤマの工房では、注文書のスペック通りに、上記プロセスが淡々と、かつ正確に進んでゆく。スタッフは、アメリカ人もいれば日本人もいる。アーティスト上がりの職人も多く、貴重な作品の扱いは全員熟知している。山崎は、その全工程に目を配りながら、一つのミスもないように確認する。「お客様にベストなものを提供したいという気持ちが常にあります」

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点と点が線になるとき

 日本の職人気質を100%継承した上でニューヨークで才能と運が花開いた山崎だが、1986年に渡米した際は、フレーマーを目指してやってきたわけではない。生まれも育ちも静岡県浜松市。父親が大工だったため、物心ついた頃から木工や木材には囲まれていた。小学校では持久走の得意な活発な少年だったが、中学校に上がるとクラブ活動の体育会的なノリが肌に合わず、美術の世界に没頭した。東京の美術大学に進むが、これもしっくりこなくてわずか1学期で退学。モデルメイキング専門の会社に入り東京ディズニーランドの乗り物制作などを手がけた後に、1986年、当時ソーホーにあった版画美術印刷会社に誘われてニューヨークに移住。英語は渡米後にはじめてほとんど独学で習得した。その会社で4年ほど働いた後に、絵画フレームの仕上げ専門の工房に転職。5年ほど働いて米国永住権を取得後に退職。その頃から「フレーム屋であればできそうな気がした」という。「子どもの頃から木工は身体に染み付いていたし、版画印刷の仕事でファイン・アートの取り扱いも覚えてましたからね。でも『さあ、やるぞ!』って構えてフレーム屋をはじめたわけではないんですよ」と山崎は話す。そうはいうものの、在米9年目。永住権もあるし、いよいよビジネス出帆。導びかれたように山崎はフレーム屋になった。

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作品はフレームに入れてはじめて「アート」になる

 社名「プラナヤマ」はヨガの用語で呼吸法、精神をコントロールする技術のこと。「美術作品は、フレームに入ってはじめて“アート”になる。ある意味フレームが作品をコントロールしている部分がある。そんなニュアンスを込めてヨガの用語を当ててみたんです」創業当初は、友人のスタジオの一角を借りて一人でコツコツやっていたが、前職の関係で老舗ギャラリーのマイケル・ワーナー画廊のような超一流ギャラリーから仕事を紹介され、あとは徐々に口コミで仕事が増えていった。「実は、僕は営業したことが一度もないんですよ」。すべて手作業のフレームづくり。出来映えの善し悪しはスタッフの腕次第だ。技能の高い職人はなかなか見つからない。興味を持って工房にきた者を、山崎が丁寧に指導し育てているのだ。育てた従業員こそプラナヤマの宝だ。会社が軌道にのると山崎は、彼らの労を少しでもねぎらおうと、2003年、工房近くに従業員食堂もかねた日本食レストラン「Gen」をオープン。一般客も受け入れており、昼時はたくさんの人で賑わっている。当時、工房周辺のエリアは未開発で日本食はおろか軽食屋一つなかった。ボリュームたっぷりで栄養バランスの良いまかないは、従業員に活力を与えている。彼らが食事を終え、元気に現場へ戻る姿を確認し、山崎は笑みをみせた。

アートは「妄想の産物」

 しかし、苦難が全くなかったわけではない。「2008年のリーマン・ショックのときは最高にきつかったですね。それまでずっと右肩上がりの注文が2/3に減って、従業員もワークシェアしなくてはならなくなった。中には、レストランのデリバリーのアルバイトで収入を補充していたスタッフまでいました。でも一人も解雇しませんでした」。巨額な金が動くアートの世界は、意外なほど景気に左右されやすかった。「所詮アートは『妄想の産物』なんですよ。有名作家がちょろっと描いたスケッチが5万ドルや6万ドルで売り買いされる。奇妙ですよね。アートワールドって別に実態があるわけでもない」自らの生業を支える世界は「妄想」の上に成り立っている…そう悟ったとき山崎は、この仕事の将来について懐疑心を持ったという。「僕、今56歳なんですが、人生ここまで来るといろいろ分かってきちゃって」。引退したら趣味で好きな絵や彫刻をやるかもしれないが、アートの世界とはキッパリ決別することも考えている山崎。最近、凝っているのはランニングだという。「30代ではヨガ、40代では太極拳に熱中したのですが、50になってから愛犬の散歩がきっかけで走るようになり、51歳ではじめてハーフマラソンに参加したんです」。その経験があまりにも辛かったので、一念発起してトレーニングに真剣に取り組み、2011年のニューヨークシティマラソンをはじめ、すでに3回のフルマラソンを完走した。「負けず嫌いなのかもしれませんね。でも、走ると嫌なことも苦しいこともすべて忘れて空っぽになれるからいいんです。また、ランニングはすべて自分に跳ね返ってきます。トレーニングすればしただけ大会の記録に反映されます。『走った距離は裏切らない』。結局は、自分をどこまで高められるか。それが人生でも一番面白いんじゃないですか」

 ひっきりなしに入ってくる注文書を丹念に確認しながら、納期に遅れないように制作ラインを管理する山崎。たった1枚の鉛筆スケッチが500万円にも1,000万円にもなるアートの世界。作品はいわばクレージーなモンスターだ。その爆発的なパワーを“コントロールする”フレームをつくり続けて20年。山崎は、巨額なマネーゲームを繰り広げるアート業界の虚飾と美しさの対極を目にしてきた。すべては“妄想”の上に成り立つこのゲーム。そろそろ潮時がやってきたのかもしれない。決して間違いがあってはならないストレスの多い日々の中、ランニングは自分との対話。フレーマーとしての人生の終着点を見極めるために、山崎は日々ランニングをしながら「この先」について考えているのかもしれない

掲載 Issue 15

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