どん底から這い上がった、俳優

俳優 / Maho Honda 理想よりリアルを。

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俳優、本田真穂。彼女は頭一つ分、抜きん出ている。174センチメートルという身長の話じゃない。「こうしてプロのモデル体型は作られるのです!」などと広告写真の修正前後をブログに投稿してしまう感覚と行動力の話だ。トンでる。自分が生きる業界のタブーを恐れていない。オーディションに落ちてもめげない。
表現できる舞台がないなら自分でつくってしまう。なんのためか。彼女は本能的に知っているからだ。俳優の仕事とは、ストーリーを伝えて届けることだと。だから彼女は感覚を研ぎ澄ませ、大きな瞳を見開いて、耳を立てている。
昔の自分が今の自分に何をいおうとしているのか。ゲイの友人の言葉の裏にどんな社会があるのか。傷ついて飛べないハトはどんな気持ちで空を見つめているのか。
そして思いを馳せる、「どう伝えようか」と。彼女の俳優人生は、いま、はじまったばかり。

5年後の壁「グリーンカードも言い訳だった」

 俳優志望がゴロゴロいる街、ニューヨーク。やる気と才能があったとしても自分に華があるのかないのかも分からぬまま、それ一本でやり続けるには精神力のリミットだけではない、時間的な壁もある。1年、3年、そして5年持つか。2009年にやってきた本田にとって、昨年はちょうど5年目。大きな節目だった。俳優にとって登竜門ともいえるユニオン(全米俳優組合)への加入を11年に果たし、アメリカ人俳優たちと同じ土俵に立ったからこそ、自身の言語力の無さを痛感した。
「その時になって気づいたんです。これまで私は、仕事が思うように取れないことをグリーンカード(米国永住権)がないことやユニオン俳優じゃないことを言い訳にして、自分の力不足をごまかしていたことに」
 振り返ればこれまでがトントン拍子だったのかもしれない。日本での芸能活動が評価されグリーンカードは異例の早さで取得していた。疑いのフィルターを通してものごとを考え、きっぱりと意見をいうタイプの本田だが、持ち前の明るさと、驕らずにまずは受け止める器量があるため、人に愛される。彼女の周りには常に人が集まる。だから彼女は走れる。
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理想像を演出するモデルより、リアリティある俳優に

 なぜ、アメリカだったのか。芸能活動をはじめるきっかけは、高校時代に原宿で受けたスカウトだった。
「モデルになったら、コンプレックスだった背が高いことも、生かせるかもしれない」。そう考えて2003年に早稲田大学入学後、大手芸能プロダクション「オスカープロモーション」に所属。翌年には東レ水着キャンペーンガールに選ばれ、第1回中・日・韓アジアスーパーモデルコンテストでは4位に入賞を果たした。
 北京に2ヶ月滞在し北京コレクションに参加し、現地のメディアに多く出演。中国語が堪能なのはこのころの経験からだ。華々しいモデルとして芸能活動をスタートした本田だが、次第に連続ドラマにも出演するようになり、「演技」に惹かれはじめる。
「理想を追い求め完ぺきな美しさを演出するモデル」より、「ストーリーのリアリティを伝える俳優」にやりがいを見い出してしまった。
 しかしどう演技を磨けばいいのか分からない。用意された芸能の道を歩くことへの疑問も否めない。思い悩む自身を振り切るかのようにやってきたのがニューヨークだった。語学学校の授業の合間を縫って演技のクラスを見学する日々。

「才能や感性がすべてじゃない。演技は学んで上達できる。どんなことをやってもいい。クラスでなら失敗してもいい。俳優を目指していない人もクラスにいて、演技が特別なものではないように感じました。絵やダンスを習うのと同じように、演技は身近な芸術だし、伝える技術でもある」。ここには演技を磨くための最適な環境がある。そう確信し、本田は活動の拠点を東京からニューヨークに移した。

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自分でつくる舞台の原動力は「伝えたい」という思い

 役の獲得を目指してただひたすらオーディションを受けまくるだけじゃないあたりが本田らしい。「なにごとも経験」と、コミュニティの動物保護ボランティア活動にも参加し自分の世界も持つ。そうして培う感性にはますます磨きがかかるもの。ニューヨークで暮らしはじめてからの気づき、男性社会において女性として思うこと、セクシャル・マイノリティが社会で感じること、動物の視点からみた人間社会への疑問。彼女の中には、ふつふつと伝えたいエレメントが溜まっていった。声を発することのない人々の思い。それらに耳を傾け、弱者の視点から、物事の本質を捉える。「表現したい」「伝えたい」。その情熱は仲間に飛び火し、ウェブドラマとしてカタチになる。

 日本社会に馴染めないグラビアモデルのマリコとアメリカで育ったゲイの日本人大学院生タイチのサバイバル生活を描いたドラマ「ニアベ(2nd アベニュー)」だ。クラウドファンディングのキックスターターで173人のバッカーから1万3,353ドル(約140万円)を集め完成させた同ドラマ。人と違って当たり前。「笑われたっていいじゃない」を謳ったドタバタ劇は、本田と仲間たちがニューヨークに生きて直面する問題や感覚から生まれたからこそ、嘘のない濃い内容のものになった。
 ウェブという新しい舞台で表現する女優として、さらには資金繰りに自ら走るプロデューサーとして制作にも携わった。「脚本家の司さんが、ゲイをステレオタイプとしてではなく、一人の人間として描く作品をつくりたいといっていて、それは面白いなと思ったんです。私自身もこれから、今まで疑問に思ってきたことを作品づくりに生かしたい」。こうした経験を通して、制作者や監督の視点も手に入れたのは大きな糧になった。自分が伝えたいことを表現できる場を、人を巻き込んで自らつくることができる。彼女の最大の強さであり真っ直ぐなところだ。

勝負どころで落とし穴。自己嫌悪と意気消沈のWパンチ

 だが俳優としてはやはり自分ではなく、他者の世界を演じたい。自分の枠を超えるのが俳優という表現者でアーティストだからだ。だから本田は、着実にグリーンカード取得とユニオン加入を果たした。昨年は彼女にとっての「俳優としてのスタートライン」だったが、立った途端に自己嫌悪と意気消沈のダブルパンチを喰らった。さらに同じころ、当地に来て以来の付き合いで大きな心の支えだった彼との別れも重なった。日本にいる家族や友人にも頼れない。深い孤独感に襲われ、睡眠もままならず、精神的に不安定な状態となり「クリニックに行ったりもしました」と静かに打ち明けた。そのころのことがあまり記憶にないというくらいだ。深い闇だったに違いない。

 それでも憑かれたようにオーディションにだけは通い続けた。オーディションは不定期に行われるため、リフレッシュのための休暇も取れない。「帰国」の二文字が頭をよぎって追い込まれた本田は、落ちるところまで落ちて、発想を変えた。「家に“旅行に来た”と、毎日思えたら」。部屋の模様替えをし、生活をがらりと変えた。緑を飾り、動物保護のボランティアで出会ったウサギを飼いはじめた。「ニコリーノ(ウサギの名)に癒されてます。好きなものに囲まれて、家が一番心地のいい空間になったんです」 役を信じる。自分を信じる。泥を跳ねて進め  自分を取り戻し、生活の基盤を整え直したころ、彼女の元に嬉しい知らせが舞い込んだ。米国ドラマの出演が二本決まったのだ。一つは人気社会ドラマとして名高い「The Newsroom」。全米放送の、さらに日本でもWOWOWで放映されているドラマだ。それに日本人俳優が出演するのは快挙といっていいだろう。ここまで辿りつくまでどんなに大変だったか。たった一言の台詞でも、あるとないじゃ周囲の対応が違う。

「私がどれだけの時間とお金、それからエネルギーを費やしてきたのかを分かってくれるような包容力を感じました」。一流の現場であればあるほど、戦士に敬意を払うのだろう。「ニューヨークは失敗しても失敗しても、何度もチャレンジし続けられる街。いまでは、困難を乗り越えるというよりも、うまく一緒に生きていけるようになった気がします」  さらに前評判の高い新ドラマ「Unbreakable Kimmy Schmidt」にもゲスト出演が決まっている。
「面白い役なんですよ」と意味ありげだ。演技は、いかにリアリティを持たせながらストーリーを伝えられるかにかかっていると話す本田。そのために重要なのは、「信じること」だという。演じるキャラクターの「リアリティ」を信じること。そして、カメラの前で押しつぶされそうなプレッシャーの中で、「自分」を信じることなのだという。これから進むべき道は長く、やりたいことはまだまだある。アジア人を主役にしたストーリーはいまだ少ない米国のドラマ。「アジア人俳優の枠をもっと広げていきたい」と意欲を燃やす。一流の「演技」が集まるニューヨークで、これから彼女はどんなストーリーを伝えていくのだろうか。

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