True Love / Talk No.8 「アイルランド“叙情詩”」

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Issue 12 – True Love / Talk No.8 「アイルランド“叙情詩”」 Talk No.8 「アイルランド“叙情詩”」 深夜になっても、ネオンが眩しいニューヨーク。
一人でベッドに潜るには、まだ早い。
「とびきりの一夜」を求めて、月曜日だって街に繰りだすニューヨークの男女たち。
そんな彼らにも、翌朝「やっちゃった…」と、顔を覆う日がある。
その名も、アイルランド人の祭日「聖パトリックデイ」。

今年も、遂にこの日がやってきた…。そう、聖パトリックデイだ。先に言っておきたいのが、私はアイルランド人の男性に“弱い”ってこと。史実や移民の歴史が示す通り、アイルランド人は、いわばアメリカの脊椎。それほどになくてはならない存在なのだ。それじゃあ今回は、私のお得意なセックスコラムのペンを置いて、「アイルランド、三月の“叙情詩”」を暴いていこうと思う。

もともと宗教的な祭日である聖パトリックデイは、アイルランドで最も威厳高き聖人の名にちなんでいる。その聖人は生前、アイルランドの人々にカトリックの教えを説いた人物として名高い。その際、三位一体説を説くのに「シャムロック」と呼ばれる三つ葉のクローバーを用いたという。聖パトリックの命日の3月17日は、没後1000年に「聖パトリックデイ」というアイルランドの正式な祭日となった。「レント」と呼ばれるキリストの復活を祝う46日間、この日だけは制限無くごちそうを食べ、「好きなだけ」酒を飲むことが許されている。しかしながら、これまでの多くの祭日がそうだったように、純粋な祭日というものは商業的な“誘惑”が絡み、純な動機が薄まっていくのが常である。

イースターはキリストの復活を祝うことを目的としているが、イースター・エッグを運んでくる「イースター・バーニー」は、いつの日からかマシュマロも運んでくるようになった。クリスマスはキリストの生誕を祝う日だが、いまとなっては神の息子よりもサンタや真っ赤なお鼻のトナカイのイメージの方が強い。もちろん、聖パトリックデイも例外じゃない。三位一体説の象徴の「シャムロック」を頭にかぶり、そのトレードカラーのグリーンで仮装した男子学生が、いままでどこに隠れていたのかってくらい大量に出現。そして、おとがめなしで浴びるように酒を飲むために、その日だけ「アイルランド人」になるのである。ニューヨークでは95%のキリスト教信者が、断食もしなければ懺悔もせず、ただただ自堕落に過ごしているのは間違いない。

近年、ニューヨークの聖パトリックデイは、五番街の44ストリートから86ストリートに渡って行われる、世界で一番古く、最も大きなパレードでもその名を知られている。その一方で、「大量の酔っぱらいが発生する日」として悪名高いのもまた事実。正午からあらゆるアイリッシュバーが客で溢れ、午後4時にはミッドタウンのあちこちがゲロだらけになっているのである。なぜ仮装したアイルランド人のせいかわかるかって?おそらく伝統にちなんでゲロが緑色なんだろうと思う。ストリートは警察と昏睡状態の人で溢れて、あちこちに緑の帽子やスカーフが落ちているなかケンカが勃発する始末。彼らの記憶の片隅に残るものといったら、きっとビールのイヤな匂いだけだろう。いつもの土曜日がただ大げさになっただけの、ニューヨークの聖パトリックデイ。最も多くの人がセックスするのが、この祭日なんじゃないかと私は疑っている。だって、セックスがただの「つき合いの一環」になるくらい、みんな酔っ払っているから。ニューヨークでの聖パトリックデイは、一度目や二度目なら多分楽しめるかもしれない。でも、長く住んでいる私たちは、絶対に行きたくはない。とにかく不毛だし、何より私たちの大半は次の日仕事に行かなくてはならないのだ。

アイリッシュバーが名物なのはなにもこの祭日だけではない。観光客の「絶対制覇したい3つの場所」に、「1、ブロードウェイ、2、自由の女神、3、アイリッシュバー」と名を連ねるほどに、一年を通して名物である。アイリッシュパブの一つ、「マックソーリーズ」は、1854年に創業したとされ、「ニューヨークで最も古いアイリッシュバー」といわれている。さらに、衛生局から、アイリッシュバーを再現するために「床におがくずを撒いていい」と認められているただ二つのバーのうちの一つである(ちなみにもう一つはモリーズというバー)。なぜおがくずが床に撒かれているかというと、「好きなだけ飲んでいい日」である聖パトリックデイに、聖人たちが「掃除の心配なく床にビールをこぼせる」つまり、「何も気にせずとことん飲む」ためだというのだから脱帽だ。

さて、普段のニューヨークのアイリッシュバーで起こり得る風景には二つある。まず一つ目。誰に対しても温かく歓迎してくれるドアを開けると、そこには、古い写真やアイリッシュ調の玩具でいっぱいの部屋が広がる。そして暖炉のそばへ行けば、ひき肉をマッシュポテトで包んで焼いた「シェパードパイ」とフィッシュ&チップスを食べながらアイルランド人と談笑できる。これが「正当」なアイリッシュバーの例。

二つ目は、デートで男性があなたをアイリッシュバーに連れていく場合。連れていかれるのは大抵が「なんちゃってアイリッシュバー」で、くそみたいなところ。このデートの目的はただ一つ、自分とあなたをぐでんぐでんに泥酔させること。しかも、ビールとショットで「安く早く」とお手軽に。あなたが「もう何にも飲めない」というところで、男は更にビールのいっきを要求してくる。最後の一滴分のスペースにまでアルコールを注ぎこんでくるので余念がない。そして、意識がいったりきたりしているなか、二人で散らかった彼の部屋にもつれ込み、わけもわからずセックスをする。くつひもをどっかに無くしたフラフラの足でつまずきながら家に帰り、意識が戻った頃に「ディナーもロマンチックも何にもなかったデート」だったと気づき、現実逃避する朝の4時。その後、男たちは十中八九で電話をよこし「なんでセックスのあとの二人の時間を過ごさず帰ったの?」と聞いてくる。そしてあなたの番号を着信拒否に設定するか、「ファックバディ」という名で「酔ったときのセックスフレンド」として登録する。あなたはというと、その男に連れて行かれたアイリッシュバーに「ちょちょいとセックスできるバー」との烙印を押し、二度と行かないと誓う。

ああもうニューヨークのデートってこんなのばっかり!アメリカ人の「悪い癖」の言い訳のために、アイリッシュバーをこんなにゆがめて解釈するなんて。アイルランド人は、本当に飲むのが好き。でもそれは社交の場で、酒によって友人と「腹を割って話す」ためなのだ。大量のビールを流し込める「ビールボング」や、パーティーゲームの「ビールポング」、「アイスキング」を発明しては病院に運ばれ胃を洗浄されている男子学生は、アイルランド人じゃない。しかし、しこたま飲むだけでなくバーでケンカをおっぱじめる人や、どうしようもないギャンブラーが多いため、やはりアイルランド人に対してのステレオタイプがある。

実際、アイルランド人はどの人種よりも愛想が良く、すぐに打ち解けられる。誰もが遊び友達に一人はアイルランド人が欲しいと思っている程。彼らはいつでも良い時間を過ごさせてくれるし、腹筋が割れるまで3時間ぶっ通しで笑わせてくれるくらいに愉快なのだ。その日あなたがどんな気分だろうと関係なく、笑顔にしてくれる。毎日雨が降るため、室内で人と過ごすことが多いアイルランド。そのため友好的で、社交性のある人が多い。このことこそ、アメリカの歴史にアイルランド人が欠かせないのと同じように、今日のアメリカの生活にも彼らが欠かせない理由だと思う。アメリカ人と白人のミックスは、それが例え日本人とハワイアンであってもアイルランドの要素を持っている。つまり、誰もがアイルランド人の血を持っているといってもいいだろう。だから来たる3月17日、ニューヨークにいようといなかろうと、アイルランド人であろうとなかろうと、聖パトリックデイを盛大に祝おうじゃないか!

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