True Love / Talk No.7 「バレンタイン雑考」

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Issue 11 – True Love / Talk No.7 「バレンタイン雑考」

Talk No.7 「バレンタイン雑考」

ここは、ニューヨーク。恋もセックスも、自由だー。そんな誰かの迷言を信じて、今日も女たちにおバカなアプローチを仕掛け続ける男たち。その愛と精気に満ちた挑戦を、ガールズトークの餌食にして楽しむ女たち。だけど本当は、みんな真実の愛を探してる?今夜も街は騒がしい。懲りない男女は、今日もどこかで出逢っている。

彼らのちょっとおかしな恋愛事情、ここに解禁!

 私は、バレンタインデーというものが好きじゃない。むしろ「くそくらえ」ぐらいの気持ち。まあでも、ニューヨークでレストランを経営するようになってからは、「外食産業で1年の内、もっとも売り上げがいい日」なので、そんなに邪険にはしていない。バレンタインデーの日、男たちは伝説の女たらしドン•ファンみたいにスーパー気前が良くなって、特上のワインを開け、プレミアのコース料理を頼み、バラの花束のためにどうにか開いている花屋を探しまわり、有名ショコラティエの店に列をつくってみせる。すべては、それぞれの大事な人を喜ばせたい、ただそれだけのため。  

 レストランで働いているとわかるんだけど、この日はカップルを包み込んでいる空気がもう、とにかく違う。店内がうっとりした目で溢れかえっている。そのとろんと酔っている目を尻目に私は考える。「果たして、私たちはバレンタインデー以外の日はうっとりと見つめ合う暇がない程に忙しいのだろうか」と。どうして男たちは毎週火曜にドン•ファンになることはできないのだろう。毎年バレンタインデーの度に、いちいちキューピッドに矢で刺して刺激してもらわなきゃだめなんだろうか。はたまた、バレンタインを祝えない輩はどうなる?うっとり見つめ合って一緒にディナーを食べて祝う相手がいない自分に対して、「自分なんて…」って落ち込んでろとでもいうわけ?

 そもそも「バレンタインデーには、バラとチョコレート」っていうのが気に食わない。もちろんそれが伝統的だっていうのは知ってる。でも、「毎年」バラやチョコレートじゃなきゃいけないってこともないだろう。前に元カレに「もしチョコレートなんて買ってきたら、トイレにでも流して捨ててやるからね」と忠告したことがある。私は一人の生きる女として、日々チョコレートは避けている。だって、つまめる程に背中に贅肉がつくなんて嫌。そしたら彼は代わりに目覚まし時計をプレゼントしてくれた。私がいつもクラスに遅刻しているから必要だ、って。もう、最高のプレゼントだと思った。それから更に、大きなカニが食べられるジョーズ・クラブシャックに、私と、それから私の独り身の女友達みんなを連れて行ってくれた。私たちは全員とろんとした目で(愛とか恋だとかのせいじゃなくて大量のコロナのせい)大騒ぎして楽しんだ。バレンタインデーをそんな風に過ごす彼を「最高に変わってる」って私の友達は思ったみたい。でも、それまでで最高のバレンタインだった。でも結局別れちゃった。彼が私を男友達“dude”のようにしか感じなくなってしまったから。

 去年の3月14日、友達が日本の伝統的な「ホワイトデー」なるものを教えてくれた。アメリカでは日本と違って、バレンタインは男が女に愛を伝える日なので、ホワイトデーをアメリカでやるとしたら女が男に、つまり、2月14日をやり切った男たちへの労いの日となる。男たちにホワイトチョコレートを渡すわけだが、私の女友達は、ホワイトチョコレートの代わりに「ステーキとフェラチオ」をあげる方が喜ばれそう、という。この話を周りのカップルや男友達に広めると、皆興奮して喜んでた。全員が、「ステーキをご馳走してもらってからのフェラチオ」というフルコースによだれを垂らす勢いでにんまり。なぜ男はセックスよりもフェラチオを好むのか、そのときの彼氏に聞いてみた。「女の人にとって、そこに寝っころがってセックスをさせてあげるのは簡単でしょ、でもフェラチオは『努力』が必要だから!」と。だからフェラチオこそがホリデーに欲しいものだ!と。なるほどね。男は極上のフェラチオ、女はお姫様扱いがそれぞれのホリデーへの望みだってことか。  

 男と女は、関係を築くうえで、それぞれニーズがある。バレンタインデーという日に、男女両方を観察したうえで最も強く感じるのは、どうしようもない悲しみだ。人生は短くて、その多くの時間を運命の相手を夢みて、探して、待ち望んでいる。でも一度出会って時間をともにすると、次第に慣れて自分勝手になり、お互いを追い求めることをやめてしまう。愛するということは追い求めることで、一度捕まえたからといって、その運命の相手を追い求めることを止めるべきじゃない。一生追い求め、そして追い求められるべきなのだ。両方なければ、生涯を通して共にいる意味なんかない。追い求めているときにしか深い絆がないというのなら、もう一夫多妻なり一妻多夫になるしかない。

 事実として、人間とは究極的な社会的動物であって、生きるためにお互いに依存している。辛いときには支え合い、寒い日はベッドで一緒にくるまり、二人にしか分からない冗談を言い合い、心のこもった「I love you」を伝え合う。そして、最高のフェラチオとロマンチックなディナーが必要なのだ。私たちの大部分は生涯を一人で終えるなんてことは望んでいないはず。もし今あなたの側に誰か居るのなら、特別な人が居るという事実を、毎日感謝するべき。四六時中とは言わないけど、せめて一日のどこかで。今独り身のあなたは、特別な人を一度捕まえたなら、ずっと追いかけて。そしてずっと追いかけられるようであって。

 ニューヨークより、素敵なバレンタインデー、それからホワイトデーを祈りつつ。

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