人形浄瑠璃を超えた、マリオネット芸術

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扉を開けると、覗いてはいけない場所に足を踏み入れた気がした。
顔面蒼白の薄気味悪い人形たちがこちらを見ている。大人なのか子どもなのか、笑っているのか怒っているのか分からない。背筋がぞくっとするような人間味と、廃退的な美しさを持ち合わせているマリオネットだ。

劇団Phantom LimbCompany(ファントム・リム・カンパニー、以下PLC)の舞台には、独特の間と空気が流れている。観客は息を飲み、ものいわぬマリオネットを見つめ、想像を巡らす。ふと、日本の人形浄瑠璃を思う。慎ましい演出の裏で、さりげなく見え隠れする人形師の技とこだわり。暗がりの中、五感が冴えたら飛び込める。怪しくも美しい舞台芸術に宿った日本を探しに、マリオネットが織りなす「間」へ。

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マリオネットに取り憑かれたベーシスト

 オノ・ヨーコをはじめ、アメリカの名だたるミュージシャンたちと仕事をしてきたベーシストのErik Sanko(エリック・サンコ)がマリオネットに取り憑かれたのは「30代になってから」。芸能界を駆け抜けてきた彼は、立ち止まる機会を設け「これからの人生を考えた」。そうして黙々とハマっていったのが、人形作りだった。

 1体作るのに1、2ヶ月くらいかかるという、身の丈120センチメートルほどのマリオネットたち。重厚感のある彼らの衣装はすべてヴィンテージの布地でできている。我が子のようにマリオネットを紹介してくれるエリックといえば、レザーのパッチワークパンツにサスペンダー、少しぐしゃぐしゃの髪。19世紀の発明家を思わせるような佇まいだ。黒いレースのワンピースを着た妻のJessica Grindstaff(ジェシカ・グラインドスタッフ)は、ミステリアスな美しさを纏っている。

 二人が手塩にかけて作り上げた雰囲気のある人形のほかに、PLCの作品が他の人形劇と一線を画すのは、劇場そのものを箱に見立てて舞台にしている点だ。「(人形用の)小さな箱じゃ、物足りなくってね」と、いたずらっぽく笑うエリック。さて、操り師たちはどこに“ 隠れる”のか。答えは、どこにも隠れない。日本の人形浄瑠璃の黒子のようなものかと思えば、それとは少し違う。ある時は白装束に身を包み、竹馬に乗ってはるか上から人形たちを操り、背景の一部となる。またある時は、木の枝を身にまとい、ステップを踏みながら生き生きと人形たちの世界を彩る。「オーディエンスのイマジネーションを刺激したいからこそ、大きくスペースを使うことにしたんだ」。狭い箱に観客がひたすら視線をそそぐ従来の人形劇とは違い、舞台と観客は一体感に包まれる。

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操り人形師は永遠のロックスター

 ニューヨークで生まれ育ったエリック。幼い頃、マンハッタンのウエスト・ヴィレッジ地区に人形小屋があり、母に連れられ兄とよく訪れていた。「その劇場は、『ビル・ビアード』という伝説的な操り人形師がやっていたんだけど、幼い僕ら兄弟の小さな世界で、彼はロックスターみたいな存在だったんだ」と、少年のように目を輝かせて当時を振り返る。ビルが生み出す、怪しくて美しい操り人形の世界に魅せられたエリックは自分自身で操り人形を作るようになった。その情熱は8歳の頃まで続いたが、思春期になったエリックの情熱は音楽に注がれるようになる。

 オノ・ヨーコをはじめ名だたるミュージシャンたちと仕事をし、自身のバンド「Skeleton Key(スケルトン・キー)」のフロントマンとしても活躍してきたエリック自身の人生も、ロックスターそのもの。一方で、再び人形作りに目覚めたのは30歳の頃。周囲には秘密にしていたという。「音楽で満たされない何かを人形作りが満たしてくれる気がした。音楽は声高に大衆に語りかけるもの。一人でモノ作りに没頭する、ある種の孤独が恋しくなったんだ」

 人形作りに目覚めた頃、エリックのバンドを取材した妻のジェシカに出会う。「気がついたら彼に恋していた」と目をきらめかせて話すジェシカ。ヴィジュアルアーティストのジェシカの才能とミュージシャンのエリックの才能は、その後マリオネットの世界でも結ばれ、人形制作から音楽、演出に至るまで、夫婦での作品の総合プロデュースを可能にした。

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メッセージは自然への畏怖

 PLCの作品を貫く大きなテーマの一つは、自然への畏怖。現在進行中の三部作の一作目『69°S』では、20世紀初頭の冒険家、アーネスト・シャクルトンとその仲間たちの南極からの奇跡の生還劇を描いた。同作のリサーチのため、科学者たちとともに政府の南極探査に同行し、一世紀前にシャクルトンたちが直面した大自然の過酷さを自ら体験した。

 制作中の二作目『Memory Rings(メモリー・リングス)』は、樹齢4,000年を超える世界最古といわれる木からインスパイアされた。人形たちと息を合わせ、役者たちも舞台に立ち、踊る。

「かわいらしく楽しい作品を作ることはもちろん大切。だけど、それ以上に大切なのは、大きなメッセージを込めること」と、語気に力が入るジェシカ。自然界の万物に宿る精霊や動物たちを通して、自然と私たち人間の関係を問う同作は、声のないマリオネットが具現するからこそ、私たち人間の心を揺さぶる。

 第三作目のテーマは水。東北地方を襲った東日本大震災の津波にも触れ、大自然の脅威を前にした人間の無力さを取り上げ、変わりゆく地球の環境に無関心になっている私たちに警鐘を鳴らす。この三部作には、氷、土、水といった、この世を形成する五大元素が盛り込まれており、観客がごく自然に環境について考えるきっかけになればと、二人は願っている。

観客の関心をわしづかむ「日本的表現」とは

 沈黙と厳かさが共存する彼らの作品。様々なインスピレーションの種を集めてきた。たとえば、パリを拠点に活動する日本の舞踏集団、山海塾のパフォーマンスには大きな影響を受けたという。「一切の台詞がない中で、威厳とつつましさを表す彼らの表現に涙が止まらなかった」とエリックはため息まじりに話す。「これでもか」と音楽や台詞を観客に投げつけるブロードウェイミュージカルは、いわば一方的な舞台コミュニケーション。それとは対照的に、静けさや間を取り入れたエリックとジェシカの世界観は、観客それぞれに解釈の余地を与える。「人形たちは俳優とは違ったかたちで観客の関心を引く。まっさらなキャンバスとしてね。観客は僕らの作品作りの最後のコラボレーター。観客自身が見いだした意味こそが、作品を完成させるんだ」

 命なき人形に、命ある人間が命を吹き込むからこそ帯びる、人間以上の人間らしさ。私たちの想像力は、静けさをもってよりいっそうかき立てられる。沈黙がより多くを問いかけてくる。忘れかけていた慎ましさや威厳がざわざわと音を立て、心をロックする。「石にも川にも木にも霊が宿るという感覚を持っている日本。三作目はそんな日本で公演したいね」。自然への畏怖と敬意がじわりと詰まった新作、八百万の神に愛されるに違いない。


phantomlimbcompany.com
Photographer: Koki Sato
Writer: Haruka Ue, Kei Itaya

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