荒廃地区が“食べる”と キッズで蘇る!危険地帯の救世主は、小学校だった。
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「あれを見てごらん」

 彼が指差した先には、ひと棟のプロジェクトと呼ばれる低所得者団地がある。10階くらいだろうか、割れた窓を補強するベニア板が見える。「信じられないと思うが、ここ8年あのままなんだ。なぜか分かるかい?直したところで誰かがまた(拳銃を)撃つからさ」。遊び半分で銃をぶっ放す。そんな日常がここにはある。川を渡ればすぐマンハッタン区だが、ブロンクス区のサウスブロンクス地区は、いまだ、危険地帯を意味する「レッドゾーン」と呼ばれている。麻薬、暴力などの犯罪は、貧困が生む悪循環。その鎖を断ち切る救世主が、PS55(Public School 55、公立第55小学校)の科学教師、スティーブン・リッツが主導する校内緑化運動「Green Bronx Machine(グリーン・ブロンクス・マシーン)」だ。

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砂漠地帯に現れたオアシス、小学校

 大都会ニューヨーク市では、手に入らないものはない。しかしそれは、富裕層が暮らすエリアだけの話だ。世界各国からさまざまな食材が集まってくる反面、新鮮な野菜などが手に入らない「砂漠地帯」が存在する。そういう地帯は決まって貧困層が暮らすエリアで、ファストフード店が幅を利かせている。彼らにはわざわざシティ(マンハッタン)に出て高い生鮮食品を買う経済的余裕はない。ダラーメニュー(1ドルのバーガーやピザなど)を食べ、水よりも安く手に入るどぎつい色のソーダを飲み干す。オーガニックや健康志向などのムーブメントは、まるで別の惑星の話だ。

「そうやって小学生になるころにはすっかり肥満体質に。体が重くていつもだるくて勉強なんかする気になれない。動きたくもない。そんな自分は何もできない人間に思えて自尊心が奪われる。登校しなくなって悪さをしたり、依存体質になったりしてしまう。この何世代にも及ぶ肉体的精神的貧困の悪循環の根本は何か。この話の一番最初に戻るんだ、そう、肥満体質にならなければいいんだよ!」

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 スティーブンは早口でまくしたてるように続ける。いまの姿からは想像できないが、以前は体重が150キログラムもある巨漢だった彼。野菜中心の食生活に切り替え、自己改革した経験から肥満体質の改善法を熟知している。「かといってここサウスブロンクス地区で新鮮な野菜を手に入れることはできない。だから自分たちで作るのさ」。

 その小学校は、四方八方を低所得者団地「プロジェクト」に囲まれている。そこにはおよそ2万人が暮らしており、そのほとんどが定職についていないという。マンハッタンは川(運河)を越えればすぐそこで、電車も通っているのに最寄り駅がない。住民は車に頼る生活を強いられ、駐車場を作るために校庭の面積が削られる。「貧乏はずっと貧乏なままでいてください」といわんばかりの都市計画。そんな環境下で、一番の弱者ともいえるキッズの学び舎からスティーブンは緑の変革を起こす。

緑で登校率43%が90%に

 スティーブンが仕掛けるのは、コミュニティの目に触れやすい校舎の周りの緑化だけではない。「教室内の緑化」こそが真骨頂だ。植物育成用LEDライトが内部に入っているタワー(塔)が要。水の循環機能も搭載したタワーにはポケットが付いており、そこに苗を入れれば、植物が簡単に育てられる仕組みだ。育てる喜びは“感染”し、43%だったキッズの登校率も90%までに回復。スティーブンの緑の情熱は、確実にコミュニティで育ちつつある。

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「テクノロジーの賜物だよね。このタワーを利用すると屋外で植物を育てるのにかかる水の利用を90%もカットできる。ローラーが付いているから動かしやすいし場所も取らない。何より緑のタワーは鑑賞するにもいいだろう?」

 都市型農業の可能性が、新しい雇用創出に繋がる。屋外は屋根以外場所がなかなかない大都市で、最先端技術を使ってキッズの未来を育てるだろう「屋内農業」のポテンシャルにかけている。すでに可能性は花開きはじめており、緑のタワーと同じ要領でできた、「生きた壁」といわれる緑の壁は、オフィスビルディングや市内の公立学校100校に設置されている。

 公立第55小学校の生徒が作る野菜やハーブの収穫量は、年間を通しておよそ1万5,000キログラム。夏の間はランチタイムに給食として新鮮サラダが振る舞われるほか、バザーを開き、野菜やハーブをコミュニティ向けに販売。さらに、その収入はホームレスや世界の恵まれない人々への支援に送られている。
 アイデアはもちろん、この技術や特許をもとに新しいビジネスチャンスを生み出したスティーブンは、今年春、TEDxで満場の拍手を浴びた。教員のアカデミー賞といわれるグローバル・ティーチャー賞も受賞した彼。目下、校内に新設する緑化運動の本拠地となるナショナル・ヘルスセンターの開設に尽力している。

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野菜と育つキッズの心

 スティーブンの園芸との出会いは花の球根だった。市が無料配布した球根を学校の周りに植えてみたら、人々が喜んだ。教師として自然科学を教え、食育について考えていた彼が「菜園を作ろう」と思い立ったのは自然な流れだったのかもしれない。しかし、それを通して得た気づきは大きかった。植物を育てるという行為、責任が、キッズの意識と行動を変えた。

 野菜を作るだけではない。花壇菜園を一つ作るのに、木材を組み立て、土を運び耕すことからはじまる。「この花壇は、近所のお年寄りたちと一緒に作ったんだ。絵は、4歳くらいのキッズが描いたんだよ」。花壇にベンチをつけたのは、憩いの場所にするため。必ずコミュニティを巻き込むのがスティーブンのやり方だ。

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 土いじりは学びの宝庫。「キッズが向き合っているのは野菜だけじゃない。花壇にはチョウなど虫がやってくるので、自然の神秘、生命の不思議に触れられる。子どもたちは、『生きる』ということに自ずと向き合うことになる」

 さらに収穫時、ズッキーニ、イチゴ、ナス、トマトなど自分たちで育ててきたものを食べるという行為を通して、「食」について考えることになる。食べるとはどういうことなのか。誰が作ったのか分からないものではなく、自分で作って食べることができる。その事実は、自尊心と自立心を育み、「もっと知りたい」という探究心を生む。学びと実践を通して得た生きる姿勢やたくましさは、キッズにとって大きな糧となる。そして、生き生きしたキッズを見て親(大人)も変わり、コミュニティが変わりはじめる。

「食で人は変わる。その確保を国に頼らなくていい。ソーシャルケア(社会福祉)ではなくセルフケア(自己管理)で僕らはもっとハッピーでヘルシーになれる。僕はそれを信じている、ブロンクスで一番の楽観主義者なんだ」

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 現在は、講堂の屋根の上に菜園を作ろうと更なる“企み”中。「あそこに緑があれば、低所得者団地『プロジェクト』中どこからでも見下ろせるだろう。まずは目に触れてもらうことだからね」。将来的には、コミュニティ内の建物の壁や屋根を緑(野菜)で覆いたい。農園を作り雇用を活性化させ、育てた野菜はコミュニティに安く提供する。野菜を育てることは賢く善良な市民を育成することでもある。スティーブンのキッズの顔を見てほしい。土や植物に向ける真剣な眼差し、収穫を喜ぶ満面の笑顔。生きることと食べることが、こんなにも直結していたことを再認識させてくれる。健康的な食事にアクセスしやすい環境を作ること、自給自足こそが、「食べる」ことに対する意識改革の第一歩であり、生活革命の種だ。

greenbronxmachine.org

Photos by Omi Tanaka
Text by Kei Itaya

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