同性愛者が残した手記。すべてを捨ててでも、貫きたかった。
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あなたがある日、自分がゲイだと気づいてしまったらどうするだろう。妻も子どももいて、幸せな家庭を築いている、ごく普通の日常で。自分を偽って生きることをやめ、すべてを失い、それでも残りの半生をゲイとして生きた男の姿を記した、恋人の手記。

午前3時前 ロブが死んだ。確かな時間は覚えていない。なんだかぼんやりと遠い記憶のようだ。深夜と明け方の、ちゅうぶらりんな時間帯。ブルックリンのパークスロープにある病院から、何度か家に電話があった。もうずっと泣き続けていたから、まさにその瞬間、泣いたのかどうかなどとりたてて記憶はない。どんどんと悪くなっていく彼の容体。

あの日から、避けることのできない「その時」に向かって、僕たちはゆっくりと歩んできていたのだろう。そして、たどり着いてしまった。

2、3日前 容態が思わしくないため、ロブはホスピス(末期患者のための病院)に送られた。脳の出血が思った以上のダメージを彼に与えたらしい。ただし、もはやとりとめのないことなのかもしれない。なぜなら、その時すでに彼は、ただ息をしているだけに過ぎなかった。今更ダメージが何になるというのだろう。もう僕たちのことを、わからないのだ。看護婦はというと、最小限の痛み止めを与えただけだった。もう、人口的に延命する必要がなくなったということなのだろう。

ロブは77歳。僕よりも22年も長く生きている。そう、父親ほど離れている人なんだ。彼はいつだって健康で、快活だった。毎日一生懸命に働き、それが彼を若くとどめていたのかもしれない。彼の年齢にありがちな、高血圧、高コレステロールなどもなく、本当に健康そのものだった。「イタリア人の遺伝子だ」と、誇りに思っていた。それから、自分の作るイタリアンをいつも自慢にして、よく振る舞ってくれた。少しばかりヘビースモーカーだということを除いて、彼の体は本当に何ともなかったんだ。

6時間前 僕は彼の手を握っていた。時々、握りしめるようにして、話かけ続けた。聞こえていたのかも、僕の話すことを理解していたのかもわからない。彼は音をたてて呼吸をし、痛みのない眠りにいたようにみえた。彼のiPodを取り出してヘッドフォンをつけてあげ、曲を流した。”Non Je Ne Regrette Rien (No Regrets)”にして、僕はロブの頬にキスをし「おやすみ」と言い部屋をあとにする。僕は、家に帰った。

6日前 僕は脳卒中患者の病棟に向かって歩いていた。この日は病院に着くのが少し遅くなってしまった。セラピストはちょうど、彼に慎重にアップルソースを食べさせているところだった。彼はがっつくようにそのアップルソースを貪っている。それもそうだろう、病院に運ばれてから、彼が飲み込むことのできる初めての食事だったのだから。彼の目は、しっかりと僕を捉えた。僕たちの間の唯一のコンタクト方法が、“視線”だ。病院に搬送された次の日ロブが失ったものは、声だった。「声を失う」ということは喉に脳の指示が正常にいっていないことだと認識していたから、彼がアップルソースを飲み込んでいることに驚きを隠せなかった。「飲み込むことは出来ないものだと、てっきり」。「そのはずだったんだけれど」と少し困惑したように主治医は言った。「彼がまたよく食事を出来るようなること。それには、ひたすら飲み込む努力をする。それしかない」。僕は頷いて、戸惑いながらもスプーンとアップルソースを彼女の手から取り、「いいですか?」と聞いた。「最初はゆっくり。それから一回の量が多すぎるとだめ。飲み込んだときに変なところに入って苦しくなってしまうから」。ロブも隣で聞いて僕たちの会話を理解していた。ロブは、まだ世界をきちんと認識している。自分の周りの出来事がわかっている。ただのアップルソースなのに、ロブはとても欲しがった。僕はゆっくりアップルソースを食べさせた。彼にこのちっぽけな栄養をあげられることがうれしかった。

6時間前 その数時間後、僕はまたアップルソースを与えた。このとき、さっきのうれしさは消え、代わりに恐怖がこみあげる。「まるで赤ちゃんだ」。話すことすらできず、何かしたいときは体で訴える。Rは、まだ生きるのだろうか?一体、何のために?そう思い始めても遅い。ロブはアップルソースを欲しがっている。何とかパニックを抑え、与え続けた。彼の横たわるベッドを離れ、廊下に出て歩いているスタッフに背を向けて、一人で泣いた。

昨日 ロブは癇癪を起こした。ひどく興奮していたようだ。彼は容態が悪い間、我慢強さのかけらもなかった。病気をしたことがないからだ。珍しく風邪やインフルエンザにかかっても、すぐに回復してしまうのがRだった。だから、この状況が我慢ならないんだろう。友人や家族から送られた、もはや萎み始めた花々に囲まれて麻痺した体をただベッドに横たえている。僕を見上げ、何か口のなかでもぐもぐ言うが、僕にはわからない。だから落ち着かせようと手を伸ばす。この状況に打ちのめされ、怒り狂ったこのイタリアンは僕の手を払いのける。しばらくすると疲れ果てて静かになり、手を握ることを許す。小さなスポンジに水を含ませて、彼に吸わせる。ほとんど飲み下すことなどできないが、これが彼が水を飲むたった一つの方法なのだ。彼はひどく乾ききっていた。ひび割れた唇で何かもぐもぐ言うが、僕にはわからない。彼は黙って、僕を見つめる。

彼の額を撫で、「大丈夫」と耳元でささやいた。「君が望まないことはしないよ」と。僕は、「君はもうすぐ死ぬよ」とは言わなかった。病院という場所で、もう既に心身ともに疲れきっているのがわかったからだ。「ただ、少しの間の辛抱だよ」と。彼はゆっくり瞬きし、僕の手を、「わかった」とでも言うように強く握った。

4日前 僕は、ロブの息子と一緒に病院にいた。ロブはかつて結婚していて、子どもたちもいた。彼らは皆とっくに成人していて、僕より少し若いくらいだ。僕は、ロブの家族やその親戚たちに“家族”の一員と認めてもらっている。僕とロブが一緒にいたのなどたったの3年であるにも関わらず、だ。僕たちは外科医や神経内科医、その他ありとあらゆる医療機器に囲まれていた。

「これが、昨日病院に搬送された1時間後のロブさんの脳です」と、脳外科医がMRIで撮ったと思われる写真を指していう。「そしてこれが、」今度は右側のもう一枚の写真を指して「これが1時間前」。僕はロブの息子を見た。「出血はひどくなっています」。外科医は続ける。「今すぐに手術をしなくてはなりません」。真ん中の息子の目に、涙が溜まっている。「ちょっと待ってください」と僕は遮った。「どういうことになるのでしょうか?手術をしたら大丈夫なんですか?」。どうにか涙を流すまいと努力していたからか、声が震えてしまった。答えはわかっていた。きっと、息子たちもそうだ。外科医は、データやらパーセンテージやら、長い説明を辛抱強くしてくれた。見込みはゼロに近いようだ。

僕はぼんやりとした頭で想像した。歩くことも、話すことも、食べることも、飲むこともできない人となって手術室から出てくるロブ。その先に待っている日々を、人生と呼べるのだろうか。手術を許し、彼をこんな姿にさせた僕たちを、ロブはきっと大嫌いにるだろう。僕は、MRIの写真を眺めて比べた。そして、僕はぼんやりと車椅子に座ったロブを思い描いた。スコッチをなめることも、自分の料理に舌鼓をうつことも、煙草をくゆらせることはもうないだろうロブのことを。

「手術はしません」、僕は言った。僕の隣に立っていた息子たちも頷いた。医者たちは困惑していた。手術のあとにどんな状態になろうと、命を救う手だてをするのが医者の仕事だからだ。ロブは、それまで紆余曲折だらけの素晴らしい人生を送ってきた。そしてこれが、彼の残された時間ということだ。

医者はこの答えを予想していなかったようで、次の1時間ほど本当にそれでいいのか何度も聞かれた。「一度決めたら、もう戻れません」と、医者が言う。「1時間で出血はひどくなり、容態はぐんと悪化します。あとから手術をすると言っても手遅れになるんです。それでいいのですか?」

「はい、手術はしません」と僕は繰り返した。涙はもう留まってくれなかった。僕の言葉が、小さな部屋でこだまする。

互いにすがりついて泣く僕と息子を残して医者は部屋をあとにした。医者は親戚たちにこのことを伝えるのにあちこちに忙しなく電話をしていた。静まりかえる部屋で、繰り返される同じ話。大勢の親戚と友人。彼はこんなにも人に囲まれてきた人間だ。

搬送された日 病院の廊下を走っていた。ロブが緊急治療室に搬送されていく。僕はロブの右手を握った。ロブが強く掴んできたからだ。彼はショックでいっぱいの顔で僕を見た。恐怖と、何が起こっているのかわからないという表情だった。僕の周りではスタッフが一秒も惜しいというほど忙しそうに動きまわり、患者が運び込まれたりどこかに運ばれていったりしている。

僕は、さっきまでディナーを用意していた。ロブが、何かとぎれとぎれに僕に言うが、よくわからない。「…で、それ…どくんと感じて…」。僕はとにかくロブの手を強く握った。ロブの体が、針やチューブでいっぱいになっていく。モニターや機械に繋ぐためだ。僕はロブロブの真ん中の息子に電話をした。近くに住んでいる。看護婦は行ったり来たりしている。ロブはMRIに入れられた。30分ほどして戻ったときにはひどく憔悴していた。ロブは僕に寄り添い、耳元でささやいた。「俺のニップルリングを外してくれ」。ロブの息子も聞こえたようで、僕たちは少しだけ笑った。僕は注意深く両の乳首からリングを外した。ロブは感謝を込めて僕を見た。その数時間後、ロブは集中治療室にいた。そしてさらにその数時間後、ロブはもう話すことができなくなっていた。

看護婦は僕と息子を見て、「誰が決断しますか」と聞いた。「彼が」と、息子が僕を見て言った。看護婦は僕にキリのない程の用紙にサインすることを求めたが、僕とロブの関係を訪ねることはなかった。僕とロブは結婚していない(ニューヨークでは同性婚が認められているが)。ただ、一緒に暮らしていた。

深夜2時頃、やっと家についた。玄関を開けて気づく。ロブがこのドアをあけることなど、もうないのだろう。ゆっくりと部屋に入ると、作りかけのディナーはまだストーブに乗ったままだった。ロブの発作が起きたのが、たった数時間前だなんて。テーブルの上のものを乱暴にどかして、突っ伏して泣いた。まるで悪い映画の中にいるみたいだ。ただし、どうやらこれは現実で、劇的な奇跡のハッピーエンドが待っていることもなさそうだ。ベッドに横たわり、ロブがいつも寝ていた側に触れてみる。もう一緒に眠りにつくことはない。泣きつかれて、気づいたら朝だった。

1週間前 僕とロブはマサチューセッツへとドライブしていた。ロブの一番小さな孫の「洗礼式」のために「家族全員」で集まることになっていた。せっかくだから数日の休みを取り、ボストンの前にプロビンスタウンのビーチでのんびりと過ごした。ものすごく長いドライブで、僕たちは終止冗談を言ったり、とりとめのない話をして煙草を吸ってコーヒーを飲んだ。ロブは、つい先日のMRIの検査で異常なしの結果を受け取っていた。数週間程、頭痛や眠気、ものがかすんで見えたりするなどのちょっとおかしな症状が出ていたのだ。Rにはこんなこと今まで起こったことがなかったから不安がっていたけれど、この結果に僕たち二人は本当に安心して、いっそうビーチに行くことを楽しみにしていた。

僕たちは小さなコテージを入り江の向こうに見つけた。ちょうど二人で過ごせるほどの小さなバルコニーもあり、スコッチをなめて煙草を吸いながら、日が沈んでいくのを眺めた。一日中アトランティックに車を走らせている間、ロブは彼の両親の話をしてくれた。その夜、僕たちは近くのレストランまで歩いた。

また別の夜、ロブは小さな丘をのぼりきることが出来なかった。僕は先に歩いてしまって、しばらくしてロブが僕よりずっと後ろを歩いていることに気づいた。「大丈夫?」僕は心配になって訪ねる。「ああ、何ともないよ。ただ少し疲れただけだ」。僕は彼が追いつくのを待って、今度は彼の肩を抱いてゆっくり歩き始めた。

3ヶ月前 僕はニュージャージーまでロブを乗せていくところだった。小さな撮影をするのだという。ロブは、「家族のおじいちゃん」役でモデルとして参加することになっていた。数時間後、僕がロブを迎えに行くと、まだ撮影は続いていた。ロブは僕を見つけると、煙草を吸おうと言うので側に寄ると、彼の左手はバンデージだらけで血が滲んでいる。「何があった?!」、僕はわめいた。「ああ、カメラマンのくそ犬が噛んだんだよ」と、まるで傷を負った英雄のように少し誇らしげにそう言った。彼はいつだってタフな男だった。傷はひどいようにみえたが、かすり傷みたいに手をふるロブ。吸いかけの煙草を置いて、撮影に戻る。僕は感染症が怖いからと病院に行くように言ったが、ロブは頑固にそれを拒んだ。僕が、病院に行かないなら孫の洗礼にボストンには一緒に行かないから、とすごい剣幕でいうと、やっとロブは折れてパークスロープの病院に行った。

救急措置室の医者は、傷を消毒して新しいバンデージを貼って、きれいにしてくれた。彼女は感染症の薬の処方箋を書いている。「薬飲んでいるときにアルコールは飲んでいいのか?」などとロブが聞き、「駄目に決まっているでしょう」「服用したらアルコール全般は禁止です」とぴしゃりと言われていた。

日曜でもう夜だったため、少し離れた薬局しか開いていないようだった。「ここで一番近くのバーはどこだろう?」。結局僕たちは薬局に歩いてる間に見つけた近くのバーで一杯ひっかけることにした。その日、クイズ大会か何かを催していたため、バーはひどく混んでいた。クイズに正解すると、お酒が飲めるらしい。ロブは勝ち進んでどんどん酒を飲んでいた。おぼつかない足で薬局が閉まるぎりぎりになってたどり着き、「よし、そのくそみたいな薬を、おれにくれよ」とロブは言う。僕たちは馬鹿みたいにいつまでも笑っていた。

8ヶ月前 ロブが、遂に退職した。彼はNPO法人で最後の10年間を勤めきった。組織体系が変わり始め、ちょうどやめどきだと感じたらしい。シニアモデルにでもなろうかな、などとロブは冗談を言っていた。ちょうどその頃僕の友人の撮影のためのモデルをやったばかりだったからだろう。彼はいつだって目立っていた。彼の大胆な話や、溢れでる人間味に惹かれてしまうのだ。これが、僕が彼を愛するようになったたくさんある理由のうちの一つ。「どう思う?」大きな白い歯をむいてにかっと笑いながら聞く。「スーパーモデルにならないわけないだろう?」
 彼は10代の頃からずっと働いていた。初めての仕事は、コネチカットの叔父の靴屋。ロブは配達員をしていて、店の在庫を靴屋やセールスマンに届けるのが仕事だった。大学を出たあとは小学校の教員になり、結婚して3人の息子に恵まれて、コネチカットで幸せな家庭を築いていた。

70年代初めの頃だったという。数年教員を務めたあと、出版会社で児童向けの本の編集者へと転職した。さらに数年働き、小さな自分の出版会社を始めた。このときに、ロブは浮気をしていた。ゲイである同僚がロブに好意を持ったことからその関係は始まり、数ヶ月続いたという。そしてロブは、これをきっかけに自分自身がゲイだったと気づいた。この先も自分はずっといい夫であり父親でいるのだと思っていたから、こうなるなど全く想像できなかったことだと、ロブは話していた。数年、ゲイであることを隠しながら生きていたが、ダブルライフに耐えきれなくなったところですべてを告白した。家族は崩壊した。彼のかつての妻は彼を訴え、彼はすべてを失った。会社も、貯金も、家も、それから親権も。すべてだ。そのときの裁判員がホモフォビックだったのだ。人生をいちからやり直しだ。ロブの父親は彼を家に呼び戻した。父親は、援助を申し出た。ロブがゲイであることを気にせず昔と変わらず愛してくれた。「おれの父親をきっと気に入るよ」。ロブはそう言った。「偉大な男で、偉大な父親なんだ」

僕は彼のイタリアの家族の話が好きだった。大勢の叔父と叔母と、覚えきれないほどたくさんのいとこが代わる代わる出てくる。僕にもそれに匹敵するたくさんの親類がいたから、話はつきなかった。イタリアの家族もアメリカの家族もやかましくて、食事が大好きなのは同じようだ。

その後、彼はマンハッタンに移り住んだ。70年代終わりのことだ。彼はそこでパートナーと出会い、数年を共にしたという。彼はたくさんの恋人にも友人にも出会ったが、同時にその多くをエイズで失った。80年代のことだ。僕はというと、そのときちょうど20代前半で、ゲイであることをカミングアウトしたばかりだったから、エイズに苦しむゲイの世界のことなど知る由もなかった。ロブは違った。たくさんの近い友人がばたばたと死んでいくのを、目の当たりにしていた。

9ヶ月前 ロブがクリスマスのフルーツケーキを作っているところを撮ったショートムービーを作った。僕の父親もよくフルーツケーキを作ったが、大嫌いだった。歯が痛くなるほど甘ったるいケーキ。それに比べて、ロブのレシピでできあがるケーキは全然違った。さっぱりしているのに、バターが濃厚でおいしい。でもきっと最大の理由は「ロブが僕のために作ってくれたから」なんだろうと思う。材料を用意しているところからiPhoneで録画した。くだらないことを質問したりしながら。彼のイタリアの家族の秘伝のレシピだという。キッチン用具も、いくつかは母親から譲り受けたものだと言っていた。彼にビデオに向かって話させた。「あっちにやってくれよ、そのカメラ!」と、僕が彼がナッツを細かく刻んでいるところをクローズアップしていたら不機嫌な顔をしていた。一部始終を撮って、その後編集し、DVDに焼いて彼の息子ににクリスマスディナーのおまけとしてプレゼントすることにした。

当日、僕はロブの寒いからと嫌がる息子たちを引き連れてバルコニーに出て、「多分笑うと思うんだけど」と、包みを開けて見せた。「これは、君たちの父親がフルーツケーキを焼いているところを撮ったんだ」。そういうと、彼らは顔を見合わせて、「多分そのケーキ、まずいだろう」と。「大事なのはケーキ自体じゃなくて、家族のことなんだ。これを残しておきたかった。いつか君たちの父親がいなくなっても、今度は君たちがまた将来の息子たちに同じケーキをつくってあげられるだろう」とまくしたてる僕を横目に、凍え、早く戻りたい、早くお酒を飲みたい、と部屋の中をしきりにちらちらと見るばかりだった。

1年前 イタリアへ向かう途中、僕たちはニューヘブンに寄ってランチを食べようと「フランクペッパーピッチェリア」に居た。ロブは、ここのホワイトパイというクラムとチーズが包まれたクラシックなパイを絶賛していた。確かに人気の店であることは、長蛇の列からわかる。昔ながらのダイナーのようで、遠い時代に来たような気持ちになる。やっと席に座れたのは1時間程待ってからだった。ロブはグルテン嫌いにも関わらず、ピザを2枚も頼んでいた。彼はかつて彼の両親がロブとその兄弟をこのレストランに連れて来てくれたんだ、と話す。その後で、僕たちは墓地に行き、ロブの両親に祈りを捧げた。ロブは墓石に膝まずき、ゆっくりと十字を切り、静かに涙を流した。僕は彼の側により、そっと肩を抱いた。

18ヶ月前 僕たちはカリフォルニアに旅行に来ていた。ロブにとってはほとんど初めてのロスアンゼルスだ。だからこのときは僕がガイドになって南カリフォルニアを案内した。地元の人だけが知っているだろう所に案内してあげた。なぜなら僕の家族は、ここに住んでいるのだ。美術館を見て、街をまわり、ぽかんと眺め眺め、僕たちはゆっくり歩いた。そして、ロスアンゼルスで急速に姿を消し始めている古き良きレストランを訪れた。キャンディショップでは、ロブはまるで子どものようにはしゃいでいた。ただ、長いドライブだけは退屈だったようだ(ずっと僕が運転していたのだけれど)。

 2年前 僕 たちは、ロブの2番目の息子の家にいた。クリスマスディナーに呼ばれたのだ。ロブは「心の準備はできたか?」と聞く。僕たちはまだ車の中にいた。「うまくやれそうか?」

「もちろんだよ」、ロブに笑いかけた。ロブは僕に、クリスマスディナーがいかにカオスかを事前に何度も警告していた。誰も彼もがぎゃーぎゃー騒ぎ、子供たちは叫びながら走り回る。両親たちはそれを止めようとうろうろ。そんな中男性陣はバックヤードに煙草を吸いにいそいそと出て行く、と。そして、その通りのディナーだった。僕は、自分の親戚たちを思い出した。同じくらいうるさくて、カオスで、動きっぱなしのディナー。これが、家族だ。僕はテーブルの向こう側にいる誰かに、笑顔で叫んでサラダを渡した。

 26ヶ月前 僕たちはディナーを食べていた。この日もまたロブがイタリアンの腕を振るってくれた。いつも通りおいしい。「知ってるか?」ワインを飲みながら、ロブは始める。「お前は俺よりも長生きする。これは決まっていることだ」。僕は彼に、真剣な顔を向けた。「だから、少しずつ、準備をしなくちゃいけないね」とRは言う。もう選択はしてしまった。何かが起こっても、僕は彼の側にいるのだ、と。一人静かに、頭の中で考える。「次を考えなくちゃいけないんだ」と、今度は煙草をもてあそびながら言う。「誰か違う人を見つけた方がいい」。

ワインが空になった後で、僕は片付けをし、全部ディッシュウォッシャーに突っ込んだ。既に選択はしてしまったんだよ、ともう一度自分に言う。

 28ヶ月前 僕は、ロブと住み始めた。ロブのアイディアだった。互いの家を行き来しはじめて1年くらい経つ頃、僕はもうほとんどロブの家に住んでいるようなものだった。服を取りに帰るだけになっていたから、僕の部屋はもはや高すぎるクローゼットでしかなかった。家具は捨てたり譲ったりして、所有物の9割は手放した。これは、僕たちにとって大きな一歩。ロブはもう長い間人と住んでいなかったし、僕にしても誰かと暮らすのは20代の頃ぶりだ。

初めは中々うまくいかなかった。互いの変わった癖に馴れなくてはいけなかったし、僕は歴史のつまった彼の所有物だらけの部屋に馴れるのにも時間がかかった。けれど、結局僕たちは馬が合うようだった。それぞれの二つの日常が、一つの部屋に自然に溶け込んでいく。僕たちは恋人同士だった。うまくいく日も、そうでない日もある。普通の恋人たちと同じように。時々、まるで二つのボルケーノが一度に来たようなのような壮大なケンカもした。どうにかして相手を打ち負かそうとした。それでもいつも結局いつの間にかマグマは冷えて固まる。その後は決まって、最高のセックスをしたんだ。

 30ヶ月前 僕はロブの元妻の親友の隣に座っていた。ロブの一番下の息子の結婚式が、ロンドンで挙げられたのだ。この息子に会うのはこれが初めてだった。それは小さな結婚式で、僕はその親友と隣り合わせた。元妻も、別のテーブルに居た。僕は「彼女に好印象をあたえなくては」と思った。元妻に、いいイメージを与えるためにだ。僕はロブと元妻のあの悲惨だった歴史の一部ではないし、自分がロブの何だ、というより僕という人間を見て欲しいと思った。

僕とその親友はその後(何杯か飲んだ後)、とてもいい時間を過ごし、彼女は僕を気に入ってくれたようだ。そして、彼女は元妻にも僕のことを良く伝えてくれたみたいだ。それがきっかけで、この式の終わりに、僕は冗談も言えるほどに元妻と会話を楽しんだ。ロブはそんな僕らを少し離れたところから見ていて、自分のグラスを掲げ、僕に笑いかけた。

 31ヶ月前 僕たちはブルックリンのグリーンポイントでそわそわしながら待っていた。ロブの2番目の息子が家族を連れてやってきて、ディナーをすることになっていた。彼らに会うのは、これが初めてだった。もちろん、彼らは遅れてやってきた。遅刻を詫びながらようやく彼らが現れたとき、彼の息子の子ども(ロブの孫)は、僕を不思議そうに見つめていた。「この人、誰なんだろう」と思ったのだろう。ロブは彼らを一度少し離れたところに呼び、前の恋人とどうなったのか、そして今彼の人生には僕が居るのだということを説明していた。ロブの義理の娘とは、90年代にニューヨークのよく行ったクラブシーンについて盛り上がった。恐らく、何度か同じヒップホップのパーティーに居合わせていただろうとわかったときは大騒ぎだった。彼らは僕よりも少し若いくらいだったので、たくさんの共通点があった。

僕はロブの息子が、ロブに親指を立て頷いているのが目に入った。僕を選んだロブに「やったな」と言ったのだ。

 32ヶ月前 ロブは僕のアパートのルーフトップに置いてあった椅子に座っていた。煙草を吸いながらマンハッタンのイーストリバーを眺めていた。僕はスコッチのおかわりを持っていき、隣に座った。ロブの煙草を一口吸う。互いの家族の話をした。僕の数えきれない程のいとこの話やら何やら。ロブは、仲良いいとこの話をしていた。レズビアンでだったが、カミングアウトはしていなかったのだという。80年のころ、彼女は不治の病にかかってしまった。ロブは来る日も来る日も見舞いにった。彼女が亡くなるまで。そのいとこには、彼女のもとをよく訪れるとても親しい女性の友人がいたが、彼女はロブがいるときはいつも早く帰っていった。親類だから、と気を遣ったのだろう。

その友人が、そのいとこの恋人だったと知ったのは、それから何年も経ってからだった。ロブは、最期のときを二人から奪ってしまったことをひどく後悔していた。僕は、彼の話にどうしようもない感情でいっぱいになる。もう一本煙草を吸い、川の向こうに走るウォータータクシーを二人で眺めていた。

 33ヶ月前 ロブは「一体どこに向かっているんだ」と聞く。「内緒だよ。もう少し待って」と僕は濁す。「あと数分でわかるから」。僕はウィリアムズバーグに車を走らせていた。お目当ては、イタリアンストリートフェアだ。車を少し離れたところに止め、歩いてそのストリートフェアに向かう。ロブがイタリアン好きだから、初めてのデートにはもってこいの場所だと思ったからだ。人でごった返すストリートを抜け、協会の前にたどり着いた。「中に入ろうか!」。ロブはこの近所に住んでいるにも関わらず、ここに来たことがない。「おお!」ロブは驚きを隠せないでいた。「この協会、俺が育ったコネチカットにあったのと同じだ!」。僕たちは協会の周りをゆっくり見てまわった。ロブは12もある像すべての名前を言ってみせた。僕はカトリックだけれど、聖徒の名前すら言えないので感動してしまった。ロブは笑いかけ、ここに来れて嬉しい、懐かしい日々を思い出す、と笑いかけた。僕は、一生懸命その像について勉強した。

車に戻るまでに僕たちは砂糖がたっぷりかかったイタリアンケーキを買って分けあった。

 34ヶ月前 ロブが恋人と別れたようだ。僕たちが初めて会い、三人でセックスをした夜から、こうなるんじゃないかと予感していた。あの夜、二人の関係を僕が少し変えたことを感じた。三人でのセックスは、とても情熱的だった。しかし、その恋人が部屋から出ていったあと、僕とロブはなんだか違ったエナジーが湧いてきた。これが後に何をもたらすだろうかもわかっていたし、もちろん二人の間に割って入りたいなど思っていたわけではない。だから、その夜を最後に、少し距離をとるようにした。それでもロブは僕に電話したりメールをくれたりと、もう一度会うとした。僕とだけではなく、彼の恋人も含めて三人で、だ。僕はもう一度三人で、とは考えていなかったから、丁重に断った。メールだけは続けていて、互いをよく知っていった。このメールを通して、僕はこの男に惹かれていった。

 3年と半年前 僕は、独り身だった。そして、この日は誕生日だ。友人が食事やバーに誘ってくれたけれど、僕は一人で横になっていたい気分だった、なんとなく。数ヶ月ほど交流している男性がいた。彼の名前は、ロブ。ハンサムで年上だ。彼の言う年齢が本当だとしたら、父親にあたるほどの年の差だ。まだ一度も会ったことはなく、僕たちは出会い系のオンラインサイトのチャットのみで交流していた。

彼は自分には恋人がいて、もし僕たちが体の関係を持つとしたらそれは三人でだね、と言っていたのを思い出す。うん、今日は誕生日だし、と思い立つ。そして、僕は彼のその言葉に乗ってみることにした。彼の住所を聞き、さっそくその夕方から会うことにした。

数時間して、僕は彼のアパートに着いた。彼の恋人がドアを開けてくれた。彼もハンサムだ。けれど、そんなにタイプでもない。僕は、ロブに会いにここに来たのだ。ロブはソファに腰掛けて何か飲んでいた。恋人が僕にスコッチは、と訪ね、僕はもらうことにした。「座ったら」と、ソファをあけてくれた。僕はその日、なんだかシャイで、どうしてだかはわからない。ロブは僕をみて、挨拶のキスをしてくれた。そして僕も、ゆっくりとキスを仕返す。僕は彼に笑いかける。ロブも、それに応える。ゆっくりとスコッチを飲みながら。彼は僕の手に触れる。僕はもう片方の手を重ねた。彼は、僕の手を強く握り返す。僕は、この誕生日が特別になる予感がしていた。

Screen Shot 2015-04-14 at 12.36.39 AM

おわり

Illustrator: Miki Ishikawa    
Translation by Sako Hirano

掲載   Issue 17

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435 Responses

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    I like to browse around the web, regularly I will just go to Digg and read and check stuff out

  17. 2015年6月23日

    Hi, how are you?

    Apakah agan membutuhkan obat herbal de Nature Indonesia silahkan bisa hubungi customer service kami secara langsung via SMS ataupun Telepon. Kami selalu online 24 jam untuk melayani pemesanan produk herbal de Nature.

  18. 2015年6月23日

    Yahoo results

    While searching Yahoo I discovered this page in the results and I didn’t think it fit

  19. 2015年6月23日

    Just Browsing

    While I was browsing yesterday I noticed a great post about

  20. 2015年6月23日

    Looking around

    I like to surf in various places on the internet, often I will go to Digg and follow thru

  21. 2015年6月24日

    Its hard to find good help

    I am constantnly proclaiming that its difficult to procure good help, but here is

  22. 2015年6月24日

    Yahoo results

    While browsing Yahoo I discovered this page in the results and I didn’t think it fit

  23. 2015年6月24日

    Tumblr article

    I saw a writer talking about this on Tumblr and it linked to

  24. 2015年6月25日

    Digg

    While checking out DIGG yesterday I found this

  25. 2015年6月25日

    Digg

    While checking out DIGG today I found this

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