ブルックリン生まれの青い目の市議会議員、ビアンキ氏に聞く

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ニッポン地域再生の鍵
「自分の地域への愛情を伝えることができれば、あとは市民から自然に事を起こしてくれる」

愛知県犬山市で市議会議員を務めるアンソニー・ビアンキ氏(以下、ビアンキ氏)の座右の銘だ。「愛情を伝えるだけが議員の仕事なのか!」と思ってしまったそこのアナタ、違うんだナ。誠心誠意をもって物事に対処すれば、あるいは人に接するならば、どんな難局だろうと事態は必ず改善される。彼は、かの吉田松陰の「至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり」を実践している。彼は信じているのだ。市民の心と力を。ブルックリン生まれのビアンキ氏が2003年以降、取り組んできた地域コミュニティの変革。そこには彼自身のチャレンジもあった。よかれと立案しても立ちはだかる「前例がない」の壁。自分の“常識”が通じない。作法も分からない。それでも日本を愛し、犬山市を愛し、駆け抜けてきた。ニッポンの地域コミュニティ再生に希望はあるのか。昨年末、ニューヨークに里帰り中の彼に、HEAPSがインタビューした。

再生の鍵1「地域コミュニティのアイデンティティを持つ」

ビアンキ氏は、ブルックリンのイタリア人地区ベンソンハーストで生まれ育った。犬山市の人口は7万5,000人で、同じくらいの規模の地域コミュニティだ。両者に共通するのは、「地元に強いアイデンティティを感じているところ」だという。自身のことを「ワシ」と呼ぶビアンキ氏、犬山市の話になると熱い。「犬山市には国宝が二つ(犬山城と茶室の如庵)、無形文化財も二つ(375年の歴史を誇る犬山祭と縄文時代から続く石上げ祭)あります。歴史と伝統があるから、なおさら地元への愛着があるのでしょう」

 ニューヨーク市と犬山市は、ビアンキ氏にとって二つの故郷。両市をつなぐ交流活動に「B.Bridges(架け橋になれ)」と名付け、過去10年で計8回の代表団を日米間で派遣してきた。協力者の一人である前ブルックリン地区長、マーティ・マーコウィッツ氏は、冒頭の座右の銘をビアンキ氏に 託した人物でもある。「市議会議員としての仕事の大半は、地域コミュニティへの愛情を伝えること」。市政をよくするのは結局は市民。行政の地域への思いが市民に通じれば、彼らの中にある地域を大切にする気持ちが呼び起こされる。そしてそれが目覚めれば、自然と地域をよくする努力につながるという。そうした住民一人ひとりの心と力が、地域コミュニティを変えていく。実際にブルックリンは、マーコウィッツ氏の音頭によって、彼が区長を務めた12年間(2001年から3期連続の任期)で、大いに変化した(詳しくは本誌、Issue 18「ブルックリンの『町おこし』」参照)。

再生の鍵2「 前例より前進!!官の仕事は民が活躍できる環境づくり」

必要なのは、官と民の“両思い”。ヒントは、マーコウィッツ氏に招かれて 参加したイベントで見つけたという。ブルックリンのコニーアイランドにある遊園地で行われたもので、列席者は全員、マーコウィッツ氏の知り合いだっ た。「彼はワシを、犬山市議として紹介しました。でもまるで、誰かの家のリビングルームで会っているような感覚だった。そこで思ったんです。この雰囲気なら犬山でもできる。こういう人間関係を犬山でもつくりたいと」。官と民の密接な関係の構築こそが、まずは地域コミュニティ活性の鍵だ。

 そのために必要なアプローチ。それには、官と民、双方が歩み寄らなければならない。まず官は、地域コミュニティを活性化するアイデアは、民の側にあると知ること。官の仕事である、市民のみんなが活躍できる「舞台」を用意すること、つまり「環境づくり」をまっとうすること。ビアンキ氏はいう。「政治家は最近それをやっていない。全部、行政がお膳立てしてしまう。だから市民のやる気がなくなっているんです。ワシらで舞台をつくって市民を応援して、ある程度、市民に自由にやらせてあげなくては。市議会も市民が何を今やりたいかをつかんで、それを実現できる環境をつくらないといけないですよね」

 自身の行政との衝突の歴史を振り返ると、英語教師時代までさかのぼる。「たとえばワシら外国人講師が、ボランティアで市民に英会話教室を提供しようと話が持ち上がりました。バブル期に建設された国際センターが宝の持ち腐れだったので、ここを活用しようと提案したのですが、役所からはセンターは教育委員会の管轄ではないから無料教室はできない、といわれてしまったのです。ボランティアを提案されたら、普通、行政は『ありがとうございます』と礼をいうべきでしょう?なのに、『前例がないから』 の一点張りでちっとも話がまとまらない。だからワシは、本のタイトルにもした『前例より、前進!』を選挙出馬時の合言葉にしたのです」

再生の鍵3「民はアイデアを殺さずに、社会のために発言を」

そして民は、諦めないこと。「どうせダメだろう」と決めつけ、アイデアを殺さないこと。日本には沈黙や謙譲の美徳があるが、みんなのため、社会のためにはきちんと発言すべき、とビアンキ氏。「自分の利益のための自己主張なら、それは単なるわがままですが、ここでいわないとみんなの損失になると思ったら声を上げる。たとえば、バスにみんなで乗っていて運転手が猛スピードで壁に突進しはじめたら、立ち上がってハンドルを奪うでしょう?それと同じ」

 双方の歩み合いが凍結している場合だが、必要なことはテクニックや戦略ではない。人の立場を理解する根気強さと本当の真心を持つ者のリーダーシップだ。「地域コミュニティのため」という共通目的を官と民が持ち、お互いに信頼があれば、リスクをとる=新しい挑戦をすることができる。日本でもニューヨークでも、地域で新しいことをやろうとするとすぐ横やりが入るもの。古い伝統や文化をあるがままに保存しなくてはいけないという考え方は尊重できる。しかし、新しい風を入れないと、伝統は死んでしまう。「たとえば、犬山祭りでは町内ごとに計13台の車山(やま)が出るのですが、かつては町内の人間、しかも男子しかやまに乗ることは許されませんでした。でも、人口が少なくなっている今、そんなことはいってられない。だから外から来た人でも、女の子でもやまに触れられるようになったのです。犬山の文化を勉強して大事にしてくれる人なら、犬山出身者でなくてもいい。さもないと、人が足りないからを理由に地域の伝統が途絶えてしまう。それではもったいない」

再生の鍵4「官と民、私と公が両思いになる」

実直なビアンキ氏に対し、最初は「外国人だから」と疑いの目で見る人たちもいたという。しかし今では、「市民がどんどんワシの事務所に相談しにやってきます」。自身の中でも、外国人か日本人かはまったく関係なくなっているそうだ。「米国出身ということもあって他の人より率直に物がいえるのは利点かもしれません。市民がいいにくいことをワシが代弁するということです」と笑った。ビアンキ氏が2003年に初めて当選したとき、外国人の自身がトップ。2位は当時最年少候補者、3位は女性だった。「ということは、市民は心の中で変化、変革を期待している。その現れですね。だから、外国人市議を受け入れようとしはじめたことだけでも、日本の地方社会にはまだまだ希望がある、そう信じてます」

 犬山を愛する人が増えて、それを受け継いでゆく次世代がいる。そんな環境をつくっていきたいと語るビアンキ氏。「前例より前進!条例より常識!政治より正義!」のスローガンを掲げ、今日も奮闘中。その姿を見て、市民は少しずつ変わりはじめた。グローバルな視点が地域に変革を起こすかもしれないという期待と、本当にその土地を愛してくれるならば人種は関係ないという思いが芽生え、地域再生への意識が一つになった。市民一人ひとり(私)と市議会(公)の思いのベクトルが同じを方向に向いたとき、地域ははじめて機能する。地域コミュニティの再生のキーは、やはり人の変革だった。

愛知県犬山市市議会議員。ニューヨーク、ブルックリン出身。ニューヨーク大学映画学科を卒業後、ハリウッドでTV番組制作会社に就職。1988年に訪れた犬山市に魅せられ、96年に同市にある中学校の英語講師として再来日。新プロジェクトの立ち上げで教育委員会と渡り合ったことをきっかけに、2003年、同市議会議員に立候補。米国出身でありながら3,300票を 獲得、トップ当選した。以後、3選を果たし現在は議会の改革に取り組んでいる。著書には『前例より、前進!』(2014年9月風媒社刊)がある。趣味は空手。

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