バッファローウィングが フライドチキンを超えるワケ

Share
Tweet

Bonnie Buffalo Wing_26_1

米国の料理といえば、みんなが大好きなフライドチキン

 しかし、ブルックリン・パークスロープ地区にあるダイナーBonnie’s Grillでは、フライドチキンに勝るメニューがある。店内の客が一斉に頼んでいるメニューは、この店自慢の一品、バッファッローウィングだ。ここには、バッファローウィングがフライドチキンを超える理由がある。ブルックリンでも王道コンビ 「ビール × バッファローウィング」 緑を基調にしたレトロな外観のダイナーに一歩足を踏み入れると、店の中央にあるカウンター式キッチンで、一人の男がフライヤーの中に大量に手羽先を放り込んでいた。Bonnie’s Grillのオーナー、Mike Naber(マイク・ネイバー)だ。周りの客を見れば、女性や家族連れも、その隣の客も、そのまた隣の客も同じものを注文してる。これこそが同店の看板メニュー「バッファローウィング」だ。ここではフライドチキンを上回る売れ行きで長年の人気メニュー。マイクはフライヤーの前につきっきりで大忙しだ。 バッファローウィングとは、手羽先を素揚げし、酸味のきいた辛いソース「バッファローソース」を絡めたもの。日本の手羽先は醤油ベースの甘辛ダレに絡めるのが一般的だが、バッファロースタイルでは、外はパリっと、中はジューシーに揚がった手羽先を、カイエンペッパー、酢、バターをベースにした辛いソースで食べる。子どもにも人気の一品だが、ビールや酒と合う最高のおつまみで、米国人なら誰でも知っている。実は、ニューヨーク州北部の街、バッファローで生まれた米国のソウルフードだ。 近年ニューヨーク市では、「この街に憧れてくる移民や観光客が増えれば増えるほど、『バッファローウィング』の知名度が下降する」という不思議な現象が起きているという。米国のスポーツバーに欠かせない存在であるはずのバッファローウィングだが、「それを差し置いて、フライドチキンを注文する客が増えているんだ。そんなの考えられないよ、うちでは。ビールを飲める歳になったら、迷わずバッファローウィングでしょ」とマイク。ニューヨーク州バッファロー出身で、古き良きアメリカの無骨な男らしさが漂う彼は、ブルックリンのパーク・スロープで、同店を営み約15年間、地元のバッファローテイスト一本で勝負してきた。

static1.squarespace-2

新天地で故郷の味を流行らす

 同郷の仲間へのエール かつては鉄鋼、自動車産業で栄えていたバッファローだが、米国の製造業の衰退とともにかつての勢いはなくなった。ニューヨーク州第二都市ではあるものの、どこか閑散としていて、ゴーストタウンのような廃墟も目にするという。街の財政破綻で苦い経験をした人も少なくない。仕事がなくなれば、人々は街から去っていく。 「バッファローからニューヨーク市に移住してきた者は、街を離れても心のどこかで、(同郷の者に)何とか頑張って欲しいと強く願っているもんだよ」とマイク。同郷の仲間へのエールとして「本場のバッファローテイストをブルックリンでも」を目指し、プライドをかけその独自のスタイルを貫いてきた。 2000年、同場所でバーを経営していた前オーナーより店を譲り受け、その店名は残したまま、ダイナーをはじめた。壁一面には、アメリカを代表するロックスターのポスターや、バッファローの風景画が飾られており「自分の好きなものをたくさん詰め込んだんだ。これらは全部、僕が思うバッファロー」と、嬉しそうなマイク。彼の故郷への思いを強く感じた瞬間だった。 バッファローウィングを看板商品にして運営していくうちに、徐々に、その味が同郷の仲間へ広がり、古き良きアメリカの味を求める客、バッファローウィングの味に惚れ込む客が増え、ブルックリンに根付いていった。今では過半数以上の客がバッファローウィングをオーダーするほどで、この味に虜になった客が連日、店に足を運んでいる。同郷の仲間を応援できること、新天地で故郷の味が受け入れられたことは、マイクにとってはこの上なく嬉しいことだ。

static1.squarespace-3

辛さが縮める心の距離。会話の潤滑油「スポーツの友」

 故郷への思いをスポーツに託すかの如く、アイスホッケーやフットボールシーズンになると、バッファロー出身の客がBonnie’s Grillに集い、「みんなで地元チームの応援に熱くなるんだ。普段、無口なやつも別人のようにね」。  映画館といえばポップコーン、メモリアルデー(戦没者追悼記念日)といえばバーベキューなど、アメリカにも「○○といえば○○」という、説明不要のお約束がある。スポーツ観戦とくれば「ビールとバッファローウィング」だ。特に男性にとってスポーツは重要で、ビジネスの成功の秘訣は、スポーツをやるなりルールを知っているなり、嗜んでおくこととまで言われるほどだ。もちろんビジネスシーンだけでなく、バーカウンターには大なり小なり大抵テレビがありスポーツを放映しているので、酒を飲む場であれば、ちょっとした会話からすぐ、どこのファンだ昨夜の試合がどうだと盛り上がれる。多人種国家アメリカにおいて、「生い立ちや言語を問わず、みんなで楽しめるもの、それがスポーツ観戦だと思う。そしてそれは、ビールとバッファローウィングがないとはじまらない。バッファローではいつもそうだった」とマイク。  オーダーした“Hotter(激辛)”バッファローウィングにかぶりつく。ピリピリくる絶妙なスパイスとチキンのジューシーさが生み出すハーモニーに思わずうなる。辛いと分かって食べているのに、かぶりつく度に何か言わずにいられない。興奮しながら「食す」だけで、客と客、スタッフ、マイクの心の距離もグッと縮まり会話がはずむ。

揺るぎないバッファローのプライド。シンプルに地道に「本場」で勝負

 バッファローウィングの調理自体は、「It’s simple(シンプルだよ)!」とマイクも言うように、手羽を素揚げにしてソースを絡めるのみ。「一つひとつ(の調理プロセス)をキッチリやっていれば、家でも簡単に美味しくできるもの」と言い切る。  だからこそ「シンプルなのに、なんでマズいものが出回っているのかねぇ」と言わずにいられないマイク。冷凍の手羽を使い、市販のソースをかけて提供する店がニューヨークには多くある。「全くどうしたものか」と残念そうなため息をこぼす。  おいしいバッファローウィングを作るには、「バランス。肉や油の質、揚げる時間、そしてソースが不可欠」とマイク。Bonnie’s Grillでは2種類のソースを作っている。これは、マイクが幼少の頃から親しんできた味に改良を重ねたオリジナルのソースだ。ベースとなるバッファローソースにはバターの代わりにあっさりしたマーガリンを使用し、肉そのもの風味を活かしている。もう一つの激辛の元となるソースには、カイエンペッパーやタバスコを混ぜ合わせる。このソースの量で客の好む辛さに対応している。手羽先は油でキツネ色になるまで約10分程揚げる。揚げ具合を確かめるためにフライヤーの前に立つマイクは、油の音を聞き、「ここだ」というタイミングで引き上げ、そのまま大きなボウルの中へ放り込んだ。そして、特製のソースをかけ、ボウルを傾けて振りながら手羽先とソースを絡める。その豪快なパフォーマンスに客は釘付けになって眺めている。手羽先が宙を舞いながら、みるみる赤くなり、店内はツーンとした酸っぱくて辛い香りに包まれた。たくさんのレストランがオープンしては撤退していく中で、Bonnie’s Grillはただただ地道に15年、このスタイルを貫き「本物」のバッファローウィングを提供し続けてきた。


「特別なことは何もない。僕が好きな“バッファローらしさ”をブルックリンでやっているだけ。そのバッファローらしさの一つが“バッファローウィング”。それだけのことだよ」と、飾り気のない言葉。だが、メニューを開くと、さりげなく、一番上にバッファローウィングが表記されている。口数の少ないマイクの、同郷への思いがここに凝縮されていた。 無骨ながらも愛郷心がにじみ出るマイクと同郷の常連たちの思いで続いてきたBonnie’s Grill。そこには、揺るぎないバッファローの“アツい”プライドが根付いている。

Writer: Chiyo Yamauchi 
掲載 Issue 16

Share
Tweet
default
 
 
 
 
 

Latest

All articles loaded
No more articles to load