コミュニケーションに向かう「音楽」 〜「デジタル」サービスは原点回帰する〜
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「音楽は体験だ」。そう確信を込めていうのは、東京の音楽シーンの新拠点「Spincoaster(スピンコースター)」代表の林潤だ。林はITと音楽の祭典「SXSW」にインスパイアされた人物の一人。音楽がデジタルで大量に配信される「情報」になった現代、「体験」としての音楽を追求し続けている。林にとって「音楽の体験」とは、「音楽を身体で体感し、そこで人とコミュニケーションをすること」だ。

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孤立を救う音楽

 YouTube、Apple Music、LINE MUSIC、AWA、Spotify…。音楽サービスはどんどん進化し、今やいつでもどこでも、スマホ一つで世界中の音楽が聴ける時代。しかしだからこそ、それぞれが聴いている音楽は細分化した。皆が同じ音楽を聴いて熱狂した時代はとうの昔だ。今の音楽好きは、自分が好きなジャンルの音楽を聴いている人が周りにおらず、孤立してしまいがちだという。大好きなことが孤独を生んでしまうのは悲しい。「音楽を通じてコミュニケーションが活性化できるサービスをつくっていけば、そうした人がいなくなるんじゃないかなって思ったんです」。林はそう考え、「Spincoaster」を立ち上げた。

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アイデアの種は「音楽サークルで趣味の合う人がいない」

 林が音楽において孤立感を抱くようになったのは大学時代。高校時代からの流れでそのまま軽音サークルに入ったものの「音楽の趣味が合う人が全くいない」という不満を感じるようになった。波長がなかなか合わず、バンドも組めなかった。その代わりによく足を運ぶようになったのが音楽イベント。「最初は一緒に行く友達はいなかったんですけど、だんだん会場内で常連の人と仲良くなっていきました」。実際に人と出会い、音楽について語り合う「コミュニケーション」が大切だと強く感じた瞬間だった。「そこで出会った仲間たちと、今Spincoasterを運営しているんです」と林は口元を緩める。

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 学生時代からIT企業で働き、大学卒業後には大手音楽会社に入社した林。企画のセクションで働きながら、自分の好きな音楽を紹介出来るサイト「Spincoaster」を開設した。コンセプトは「心が震える音楽との出逢いを」。読者は、自分と趣味の合う選曲キュレーターを見つける。このキュレーターの紹介する音楽なら気に入るかも、と他の紹介記事を探っていく。他の音楽情報サイトにはない、新しい音楽の見つけ方だ。自ずと協力者、キュレーターも増えた。他にも音楽とITで実現したいアイデアが次々と浮かんだ林は、2014年7月に独立。今年3月には「音楽を通じたコミュニケーションを楽しめる場として」最先端のハイレゾ音源とアナログ・レコードの両方を体感できるバー「Spincoaster Music Bar(スピンコースター・ミュージック・バー)」をオープン。現在、音楽メディア運営や、イベント運営、Web制作、製品・サービスプロモーション、アプリ・ハード開発など、幅広く活動している。

「ブルースの地」が「IT×音楽の最先端」の場に変貌

「Spincoaster」のサイト運営をはじめる時期、林に大きな影響を与えたフェスがある。それがアメリカ、オースティンで行われるSouth by Southwest(SXSW)だった。元々、音楽フェスとしてスタートした祭典だったが、今や、音楽、IT、映像などの展示から、ライブ、映画の上映までが行われている。

 林にとってのSXSWは、まさにインスピレーションの場所。「Spincoaster」という名前もこの場所で決まった。まだサイトが開設される前にこのイベントを訪れた林は「サイトの名前を何にしよう…」とオースティンの街をぶらぶら歩いていたとき、「Spin」という文字がパッと目に入ってきた。「Spinってレコードでもいうし、響きもいい」。それに丸くてレコードを連想させる「coaster」を組み合わせて、「Spincoaster」という名前は生まれた。まるでジェット・コースターのような響き。サビまでにどんどん上がって急降下する音楽と、似ていると思ったという。

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 林が初めてSXSWに参加したのは、2013年。「新しくホットな音楽とインタラクティブ(IT)、それと映像が一緒に体感できる場所」だと聞いて、「絶対にこれは生で見ておかないといけない!」とアメリカ、オースティンを訪れた。会場である“街全体”は、ハンパじゃない熱量で覆われていた。オースティンは元々ブルース発祥の地としても有名だ。「街自体に音楽文化が根付いてるっていうのを体感しました」

「リアルなデジタル」だけが生き残る

 それからは毎年SXSWへ参加している。今年で3回目だ。会場の雰囲気が圧倒的なのは例年変わらない。しかし林がこの3年間、SXSWに通って感じた変化がある。「一昨年まではSXSWの期間中一番話題になったものとして賞をとるものは、Twitter、FourSquare、Pinterest、Leap MotionなどのWEBでの便利なサービスだった。でも最近では、リアルでのライフスタイルに直結している話題が注目されている。LGBTなどのDiversity(多様性)についてとか、個人情報やデジタル化によるセキュリティ問題についてとか。それは変化だと思う」

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 リアルへの意識は、プロモーションの方法でも見られる。林が見たのは、SpotifyやHypemachine、Pitchforkという海外の音楽サービスが、SXSWでイベント会場を設置して、たとえあまり有名ではない新人でも良いと思ったアーティストをブッキングしているというもの。普段はWeb上で選曲したり、記事を書いたりして曲紹介しているのを、SXSWではライブを通じて表現する。「会場でのブッキングも音楽サービスのセンスのみせどころですね。普段Webでやっていることをリアルでやっていました」。さらに、Spotifyがサングラスなどのグッズを無料で配り、参加者がそれを付けて会場内を歩くことにも驚かされた。「それがすごくかっこいいんですよ!(笑)Spotifyのサービスはデジタルだけど、ブランディングを『リアル』でアプローチしていましたね」

デジタルでの便利さからあえて遠ざかる。「音楽」という体験のリアル spincoasters-75

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 林にとってのリアルとは、音楽を情報として消費するのではなく、身体で体感することだ。「今まではリアルを宣伝するために、デジタルとかWebの世界を使っていたのが、Spotifyをはじめとした海外の様々な音楽サービスのように逆になりつつある」と林は実感を込めて指摘する。この動きは間違いなく音楽業界で起こっている。CD売り上げの低迷がささやかれるなか、ライブハウスや、音楽フェスティバルの動員数が上がっているのも「リアルな体験での感動」を世の中が求めている証拠だ。今の若者にとって、便利なものがあるのは当たり前のこと。便利さに対しての感動はあまりない。だからこそ、リアルの場での感動体験が新鮮なのだ。「若者は体験としての感動を求めている。これはきっと原点回帰ですよね。もともとあった感動のところに帰ってきている。たとえ少し手間がかかったとしても、最高の体験ができるというところに向かっているように思います。サービスも、世の中の動きも」

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 リアルな感動を求める動きがあるからこそ、Webを通した活動でも人が感じられることに林はこだわる。Webメディアをやりながらミュージックバーをつくったのもそれが一番の理由だ。「いきなり一つのトレンドを生み出そうってよりも、細分化したところにどれだけ深く行き渡らせるかが重要。重なり合った(細分化したものをかき集めた)百本ぐらいの槍で勝負することでトレンドを生み出すことが大切だと思います。『Spincoaster』も、人が繋がれるようなサービスをこれからさらにたくさん展開させていきたいです」
「Spincoaster」は新たな音楽、人との出逢いが次々と生まれる、音楽シーンの一大拠点となるはずだ。

Photographer: Kohichi Ogasahara
Writer: Yui Honkawa

◇林 潤(はやし じゅん)
1986年生まれ。株式会社Spincoaster代表取締役。音楽メディアSpincoaster代表。Spincoaster Music Barオーナー兼プロデューサー。
2006年~2009年にITベンチャー株式会社Willgate、2009年~2014年に大手レコード会社を経て、2014年7月に株式会社Spincoasterを設立。音楽×ITを軸に、音楽メディア運営、イベント運営、Web制作、製品・サービスプロモーション、アプリ・ハード開発など幅広く活動。2015年3月にはハイレゾとアナログレコードが体感できるミュージックバーを最寄り駅新宿・代々木にオープン。

Twitter: https://twitter.com/_rinjun_
株式会社Spincoaster: http://spincoaster.co.jp/
音楽メディアSpincoaster: http://spincoaster.com/
Spincoasterミュージックバー: http://bar.spincoaster.com/

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