仲代達矢、ニューヨークで真の骨太を語る

黒澤に愛された男、NAKADAI

公開から30年経った黒澤明監督映画『乱』が2013年6月、ニューヨークの映画館で蘇った。それに立ち会ったのが、俳優・仲代達矢。クロサワの思いと、仲代の語りは、ニューヨークの若きクリエイターたちを魅了し、心をつかんだ。

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クロサワの『乱』in New York

 どこかの総理大臣が「骨太」の政策、などというから、骨太という言葉が最近、軽率に聞こえる。しかし、初夏のニューヨークで、80歳の俳優、仲代達矢に出会って、「骨太」という言葉は、切れば血を噴き出す熱いヒューマニズムを持って、現代にも息づいている、と痛感した。彼の言葉は、同じ人間である限り、日本人の、そしてニューヨーカーの心にも突き刺さる。

「撮影が終わったら、私、顔に半分火傷をしていました。まあ、名だたるクロサワ組ですから、顔半分ぐらい、しようがなかった。1週間休みました」と、淡々と語る仲代達矢(80)。まるで「お昼にそば屋に行きました」と言うのと同じような調子だ。が、そのプロ意識に、ニューヨークの観衆からため息がもれた。火傷を負った場面は、黒澤明監督『乱』(1983年)の有名な「三の城」炎上シーンだ。

 シェイクスピアの『リア王』を下にした戦争悲劇。仲代演じる武将、一文字秀虎が身を寄せた城が、長男と次男の軍に攻め落とされ、部下や側室ら全てを失う生き地獄を見た秀虎が、炎上する城から独り、この世のものとは思えない形相で降りてきて、荒野に消えていく。城は、当時4億円をつぎ込んだセットだが、このシーンのために一気に燃やされた。

「8台のカメラを一斉に回して、私が荒野に消えるまで、ワンカットシーンでした。このため黒澤は、絶対に転ぶなよ、ひと転び、4億円だ、と私に言いきかせました。どうにか転ばずに降りてきて、荒野に消えて、その晩はどんちゃん騒ぎでした」

 2013年6月、初夏のニューヨーク・クィーンズで、仲代は、『乱』のフィルム上映に立ち会った。30年前に公開された作品ながら、「大劇場で名作のフィルム上映をみよう」という映画に対する愛情あふれるイベントに、仲代は日本から駆け付けた。劇場は、目をきらきらさせて熱心にストーリーを追う、若い人で満員。

「さすが、ニューヨークだ。日本ではあり得ない」

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戦争の国アメリカで、戦争を問う。

 この日、誰もが感銘を受けたのは、30年前に作られた『乱』が、驚くような新鮮さを持って、現代にも通じる力強いメッセージを投げ掛けたことだ。

「黒澤は、『影武者』を撮った後、カンヌの映画祭に向かう飛行機の中で、真剣に悩んでいました。人間は、人類として生きている限り、憎しみも変わらない、戦争も終わらないのか、と」(仲代)

「この世に神はいないのか!」
『乱』のラストシーン。長男、次男と異なり、秀虎を真に愛し敬っていた三男と再会。しかし、彼が目の前で暗殺され、絶望から命果てた秀虎を抱え、道化師の狂阿彌が天に向かって叫ぶ。そこに、黒澤の思いが結晶する。

「神はいないのか、と真剣に問う、そんな骨太な映画を撮っていた。戦争を問う、それを堂々と作る。かつての日本映画界がこんなすごい映画を作っていたのだというプライドもあります」

 仲代が、黒澤のヒューマニズムに共感するのは、自らの戦争体験からだ。終戦時、中学1年生。空襲による度重なる学業断念、あげくの果てに日本の敗戦。
「一億玉砕、鬼畜米兵、と言って、一億人がみな、アメリカと闘って死のうということになっていた。ところが、(終戦の)8月15日、大人は一斉に親米派になりました。人間はこんなにも簡単に変われるのか、と思いました」

 戦争が生む、人間の狂気、矛盾。今も海外の戦争・紛争地域、同盟国に数十万人(うち日本は3万8,000人)を展開する、戦争の国アメリカで、それを語る。こんな役者が、ほかにいるだろうか。

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演劇界の奇跡感じるニューヨーク

 人間として、役者として、常に本物を追究する姿は、度々訪れるニューヨークへの傾注にもつながる。

「芝居を観に来ます。米国の俳優は、演技がうまい!舞台でテクニークが違いますね。日本は、アマとプロの境界がはっきりしなくなった。でも、米国の芝居は、刺激を受けます」

 ブロードウェイで「ラマンチャの男」を初めて観た時は、涙した。今回は、新解釈の「マクベス」の観劇がお目当てだ。

 140本の映画をこなしながらも、収入をつぎ込んで俳優養成所「無名塾」を38年も続けてきた。舞台の仕事を愛し、それを次世代に継承する事業だ。だからこそ、空前のロングランを続けるブロードウェイミュージカルの底力や、無数にある芝居小屋が生き残り、連夜ファンが詰め掛けるニューヨーク演劇界の「奇跡」を、痛いほど感じる。

「基礎は大事ですね。私も俳優学校で、3年基礎をやって、だから基礎は3年必要です。無名塾は、自分で稼いだ金を使って、俳優教育、人間教育をやっていますが、18年前に女房(女優・宮崎恭子)が死んで、今は一人でやっています」

 聞けば、舞台をやっても、ギャラは、無名塾のお弟子も舞台裏の人も仲代も、みな同じだという。ニューヨーカーを始め世界から愛される大俳優が、そんな町工場の社長のようなことをやっている。

 初夏のこの日、ニューヨークの片隅で、響き渡るものがあった。 黒澤映画のメッセージ、仲代の生き様、語り、人間愛が、80歳の俳優の体から滲み出た。それこそが、人種のるつぼ、ニューヨークでも生き残り、叫び、評価を与えられる「骨太」だと。

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Photographer: Paule Saviano
Writer: Keiko Tsuyama
Calligraphy: Dan Ichimoto

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